鷲山寺|茂原市鷲巣にある法華宗本門流寺院

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長國山鷲山寺|法華宗本門流の大本山、日弁上人

鷲山寺の概要

法華宗本門流寺院の鷲山寺は、長國山と号す法華宗本門流の大本山です。鷲山寺は、日蓮大聖人が鷲巣の領主小早川内記を教化、小早川家の寄進により日弁上人が建治3年(1277)に創建したといいます。元和9年(1623)には徳川家光より寺領7石7斗の御朱印状を受領、法華宗本門流の大本山です。

鷲山寺
鷲山寺の概要
山号 長國山
院号 -
寺号 鷲山寺
住所 茂原市鷲巣1-558
宗派 法華宗本門流
縁日 -
葬儀・墓地 -
備考 -



鷲山寺の縁起

鷲山寺は、日蓮大聖人が鷲巣の領主小早川内記を教化、小早川家の寄進により日弁上人が建治3年(1277)に創建したといいます。元和9年(1623)には徳川家光より寺領7石7斗の御朱印状を受領、法華宗本門流の大本山です。

「稿本千葉県誌」による鷲山寺の縁起

長國山鷲山寺
同町(長生郡𦾔長柄郡茂原町)大字鷲巣字寺澤に在り、境内五千八百八十坪、日蓮宗八品派の本山なり。寺傳に云ふ、建治三年小早川内記の開基にして僧日辨の開山なりと。徳川氏寺領七石七斗を寄す、祖師堂山腹に在り、本堂・客殿等は山麓にあり藻原寺の西に並び宏壮なること藻原寺に亞ぐ。本州の東南部は日蓮宗を信仰するもの多く、本寺の檀徒は信仰殊に篤くして病者あるも薬餌を投ぜず、之を祖師堂に参籠せしめ、親戚相奉ゐて鼓を鳴らし題目を唱へ、以て治癒を祈るを常とせり。(「稿本千葉県誌」より)

境内掲示によるによる鷲山寺の縁起

法華宗大本山鷲山寺の歴史
当山は、文永元年(一二六四)日蓮大聖人は小松原法難の後、長南町の笠森観音堂で、当地鷲巣の領主小早川内記を教化され招きに応じて一夏九旬のあいだ御修行された。後建治三年(一二七七)日蓮大聖人の命により、日弁聖人は小早川家の寄進により鷲巣に大本山鷲山寺を建立したことに始まる。
元和九年(一六二三)徳川家光公よりご朱印地を拝受・正徳三年(一七一三)当山第二十七世日誠上人は、正親町大納言公統卿の猶子となり菊紋五條を下賜される・慶安四年(一八六八)六月、有栖川宮家の御祈願所となる。
初め七堂伽藍を備えていた当山は、天文四年(一五三五)宝永二年(一七〇五)文久二年(一八六二)昭和二十九年四月三日と四度の火災に遭い諸堂を消失した。
昭和三十五年仮本堂・昭和五十年開山庫裏を改築・昭和五十一年当山開創七百年慶讃法要を厳修・昭和五十六年信徒会館を建設し諸堂を結ぶ回廊の設置・昭和五十九年仁王門、水行場の修復、昭和六十三年宝物堂の落慶三百余年の間、長生村一松本興寺に預け置いた宝物を遷座入堂した。そのほか歴代先師のお墓や境内の整備など寺観を一層したが、今台本道の建設にむけて努力精進の日々を送る。(境内掲示より)(境内掲示より)


鷲山寺所蔵の文化財

  • 元禄津波供養塔(茂原市指定文化財)

元禄津波供養塔

元禄十六年(一七〇三)十一月二十二日夜丑の刻(午前二時頃)安房の東南海底を震源地とする大地震が起こり、翌未明に大津波が来襲した。
この地震と津波は、千葉県内各地に大被害を及ぼした。特に津波による犠牲者は、夷隅・長生・山武の海岸一帯で数千名と言われている。
鷲山寺は南部九十九里浜一体に多くの信徒をもつゆえか、元禄津波の供養塔が参道入り口に建立された。(交通事情により本堂前に移されている)
茂原市、長生郡内に津波碑や供養塚は十数基あるが、碑文の内容、碑の大きさに最もすぐれているのがこの碑である。(茂原市教育委員会掲示より)

長國山鷲山寺の周辺図