猫の足あとによる千葉県寺社案内

荒井山清瀧院|流山市名都借にある真言宗豊山派寺院

清瀧院の概要

真言宗豊山派寺院の清瀧院は、荒井山と号します。清瀧院の創建年代等は不詳ながら、江戸期には53ヶ寺の末寺・門徒寺を有していたといいます。流山七福神の寿老人、下総三十三ヶ所観音霊場11番、江戸川八十八ヶ所霊場35番です。

清瀧院
清瀧院の概要
山号 荒井山
院号 清瀧院
寺号 -
住所 流山市名都借1024
宗派 真言宗豊山派
葬儀・墓地 -
備考 -



清瀧院の縁起

清瀧院の創建年代等は不詳ながら、江戸期には53ヶ寺の末寺・門徒寺を有していたといいます。

「流山市史・近代資料編」による清瀧院の縁起

清瀧院
荒井山清瀧院は、名都借区にあり。印旛郡稲野村中本寺千寿院末なり。開山、創立つまびらかならず。官任の法印にて代々浅黄一色着用の寺格なり。本尊として不動尊を安置す。昔は五十三ヶ寺の本山にして、御厩役綿貫夏右衛門の廟所なりしが、今は昔日の影を認めず。(「流山市史・近代資料編」より)


清瀧院所蔵の文化財

  • 金剛力士像(流山市指定有形文化財)
  • 絹本著色不動明王及二童子像(流山市指定有形文化財)

金剛力士像

像高各二メートル二十センチ。向かって右が口を開いた阿形像、左が口を閉じた吽形像である。
一般に仁王様といわれ、もとは寺院の入口の仁王門内に安置されていたものと推測される。
頭部はおおむね前後に矧ぎ、体部は十二~十三センチ幅の樫材を剥ぎ合わせて中を空洞につくっている。江戸時代末期の作と思われる。(流山市教育委員会掲示より)

絹本著色不動明王及二童子像

火焔光背を背負い、瑟々座に坐す不動明王と制多迦・矜羯羅の二童子を描く。不動明王は両眼を大きく見開き、総髪で左側に弁髪をたらす。肉身は現状では深緑色に見える。左手に羂索、右手に宝剣(三鈷形の柄つき)を持つ。
軸裏部に天保七年(一八三六)の修理銘があるが、古風な図様と筆法の特徴から室町時代の作と考えられ、市内では数少ない作例である。(流山市教育委員会掲示より)

清瀧院の周辺図