琴比良神社。広島県広島市中区の神社

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琴比良神社。広島県広島市中区の神社

琴比良神社の概要

琴比良神社は、広島県広島市中区にある神社です。琴比良神社は、慶長年間(1696-1615)の勧請と伝えられ、国泰寺村に鎮座、浅野長晟の松生院創建に際して松生院境内に遷座したといいます。その後文政13年(1830)に竹屋村平塚一帯を護るために奉遷、昭和45年当地へ遷座したといいます。

琴比良神社
琴比良神社の概要
社号 琴比良神社
祭神 大国主神
相殿 -
境内社 -
祭日 7月10日
住所 広島市中区東平塚町3
備考 -



琴比良神社の由緒

琴比良神社は、慶長年間(1696-1615)の勧請と伝えられ、国泰寺村に鎮座、浅野長晟の松生院創建に際して松生院境内に遷座したといいます。その後文政13年(1830)に竹屋村平塚一帯を護るために奉遷、昭和45年当地へ遷座したといいます。

境内掲示による琴比良神社の由緒

琴比良神社(旧称金毘羅堂)
琴比良神社の祭神は大国主神で商売繁盛・家内安全・願望成就・農作物の守護の神様として崇敬されています。
琴比良神社の勧請は慶長年間(一五九六~一六一五)といわれており古くは金毘羅堂と称し国泰寺村に鎮座していたが、浅野藩初代藩主浅野長晟侯が下柳町に松生院を建立し、その境内に鎮座替えした。
文政十三年(一八三〇)竹屋村平塚一帯は曠漠とした新開地で農作物はいうに及ばず、草木に至るまで多くの害虫が発生し住民が大変困ったため、平塚大雁木(現西平塚町)の際に祠を建立して奉遷された。
その結果農作物は豊作になり、火災も起こらなくなって住民は大変喜んだといわれている。
昭和二年十一月社殿老朽化のため再建されましたが、昭和二十年八月原爆により社殿焼失
戦後崇敬者多数の協力により再建された後、昭和四十五年現在地に遷座された(境内掲示より)

「広島県神社誌」による琴比良神社の由緒

慶長年間(一五九六-一六一五)の勧請という。古くは金毘羅堂と称し、松生院の境内に鎮座していたが、文政十三年(一八三〇)から天保二年(一八三一)にかけて竹屋村字平塚一帯を護る為、大雁木の際に祠を建立して奉遷した。昭和二年十一月、社殿老朽化のために再建したが、原爆により焼失、再建の後さらに昭和四十五年現在地に遷座した。(「広島県神社誌」より)


琴比良神社の周辺図


参考資料

  • 「広島県神社誌」