岩手護國神社。盛岡市八幡町の神社

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岩手護國神社。旧官祭招魂社

岩手護國神社の概要

岩手護國神社は、盛岡市八幡町にある神社です。岩手護國神社は、明治維新に殉じた志士を祀るため、明治2年盛岡市東中野に創建、明治39年八幡宮境内に遷座、昭和14年当地に社殿を造営して岩手護國神社と改称したといいます。

岩手護國神社
岩手護國神社の概要
社号 岩手護國神社
祭神 護国の士三万五千余柱
相殿 -
境内社 -
祭日 5月3日
住所 盛岡市八幡町13-2
備考 -



岩手護國神社の由緒

岩手護國神社は、明治維新に殉じた志士を祀るため、明治2年盛岡市東中野に創建、明治39年八幡宮境内に遷座、昭和14年当地に社殿を造営して岩手護國神社と改称したといいます。

「岩手県神社名鑑」による岩手護國神社の由緒

畏も明治天皇には、維新の大業に際し、殉難死節の士の功勲をご嘉尚せられ、祠宇を設け、厚く祭祀を行うべき旨仰出される。
明治二年(一八六九)十一月、藩知事南部利恭は、そのご聖旨を体し、目時隆之進政明命、中島源蔵常明命二柱を盛岡市東中野茶畑に奉祀したのが本社の創祀である。
のちに、官祭招魂社となり戊辰の役、西南の役、日清・日露の戦役、満州事変、支那事変、大東亜戦争に至るまでの殉難の士三万五千余柱の神霊を祀る。
この間にこのお社を、茶畑より盛岡市内丸公園地内に奉遷したが、明治三十九年(一九〇六)八幡宮境内に、昭和十四年(一九三九)現在地に社殿を造営して岩手護國神社と改称、昭和二十四年(一九四九)岩手神社、更に講和条約締結に伴ない昭和二十八年(一九五三)岩手護國神社と復称し、現在に至る。(「岩手県神社名鑑」より)


岩手護國神社の周辺図


参考資料

  • 「岩手県神社名鑑」