岩手山神社遥拝所。盛岡市中央通の神社

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岩手山神社遥拝所。旧巖鷲山大権現の遥拝所・旧新山堂

岩手山神社遥拝所の概要

岩手山神社遥拝所は、盛岡市中央通にある神社です。岩手山神社遥拝所は、寛永3年(1626)に南部利直公が、岩手山神社(巖鷲山大権現)の遥拝所として盛岡城下町の新山通りに建立、「新山堂」と称していたといいます。明治維新の神仏分離により岩手山神社と改称、区画整理により、昭和45年頃当地へ遷座しています。また、境内社の熊谷稲荷は、かつて永祥院境内に祀られていたもので、年不詳ながら当社境内へ遷座したといいます。

岩手山神社遥拝所
岩手山神社遥拝所の概要
社号 岩手山神社遥拝所
祭神 宇迦御魂神、大穴牟遅命、日本武尊
相殿 -
境内社 熊谷稲荷
祭日 例祭7月
住所 盛岡市中央通3-6
備考 -



岩手山神社遥拝所の由緒

岩手山神社遥拝所は、寛永3年(1626)に南部利直公が、岩手山神社(巖鷲山大権現)の遥拝所として盛岡城下町の新山通りに建立、「新山堂」と称していたといいます。明治維新の神仏分離により岩手山神社と改称、区画整理により、昭和45年頃当地へ遷座しています。また、境内社の熊谷稲荷は、かつて永祥院境内に祀られていたもので、年不詳ながら当社境内へ遷座したといいます。

境内掲示による岩手山神社遥拝所の由緒

岩手山神社由来
旧新山小路には「新山堂」と称する岩鷲山大権現の遥拝所があった。(新山)というのは、本山に対して新しく神霊を勧請して祀った神社に名付けたもので、岩手山麓の岩手山神社本社に対して、城下に建立した遥拝所を新山堂と呼んだものであった。一般には「お新山さま」「おしんざさん」などと親しみを込めて呼ばれていた。
寛永三年(一六二六)、南部第二十七代利直公が建立し、そののち慶安元年(一六四八)に、第二十八代重直公が再建したと伝えられており、盛岡の城下町開町とともに身近な存在として親しまれてきた堂社であった。
毎年七月七日の祭礼には、地元はもとより、三戸町、長町、材木町など近隣の町内が連合して賑やかな夏祭りを催したものであった。
明治二年(一八六九)になって、新山堂は「岩手山神社」と改称された。昭和四十五年頃(一九七〇)頃、都市計画による仁王地区の区画整理にかかり、新山小路から現在地に移転した。(境内掲示より)

「岩手県神社名鑑」による岩手山神社遥拝所の由緒

掲載なし(「岩手県神社名鑑」より)


岩手山神社遥拝所の周辺図


参考資料

  • 「岩手県神社名鑑」