法泉寺。岩手県盛岡市北山にある臨済宗妙心寺派寺院

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法泉寺。南部行信公の御生母大智院の菩提のため再興

法泉寺の概要

臨済宗妙心寺派寺院の法泉寺は、大智山と号します。法泉寺の創建年代等は不詳ながら、南部行信公の御生母大智院の菩提のために寛文年間(1661-1673)に再興され、寺領100石を南部藩より受領していたといいます。境内には中井汲泉画碑「雪路」が、その教え子らによって残されています。

法泉寺
法泉寺の概要
山号 大智山
院号 -
寺号 法泉寺
住所 盛岡市北山2-16-8
宗派 臨済宗妙心寺派
葬儀・墓地 -
備考 -



法泉寺の縁起

法泉寺の創建年代等は不詳ながら、南部行信公の御生母大智院の菩提のために寛文年間(1661-1673)に再興され、寺領100石を南部藩より受領していたといいます。

「盛岡の寺院」による法泉寺の縁起

開山・由緒
開山は朱巌和尚で、寛文年中、南部重信公の代、行信公の御生母大智院の菩提のため再興された寺である。寺領百石。 (「盛岡の寺院」より)


法泉寺所蔵の文化財

  • 中井汲泉画碑「雪路」

中井汲泉画碑「雪路」

中井汲泉は、”雪がきれいだ”という一言にひかれて昭和四年の春、来森した。
盛岡中学校教師時代の十四年間を含む在盛二十八年の間に、日本画のほか陶芸や染絵、郷土玩具製作など幅広い創作活動により、本県美術工芸の開発に貢献大なるものがあった。
昭和三十二年故郷の京都に帰り、古都の文化再発掘に打ち込んだが、昭和四十五年八月二十四日七十八歳の生涯を閉じた。
画碑の原画は在盛中の作品「雪路」と題した染絵である。
この碑は、中井汲泉を敬慕してやまない知人や子弟によって企画され、昭和四十九年(一九七四年)に建立された。
本体の黒みかげ石や台座の白みかげ石はいずれも盛岡の産出であり、設計と裏面の銅版鋳造は教え子の手によったものである。
ここ法泉寺界隈は、中井汲泉が好んで散策した場所である。(境内掲示より)

法泉寺の周辺図


参考資料

  • 「盛岡の寺院」(盛岡市仏教会)