三峰山光台寺。岩手県盛岡市名須川町にある浄土宗寺院
光台寺の概要
浄土宗寺院の光台寺は、三峰山と号します。光台寺は、南部二十八代重直公(法名即性院殿三峰大居士)の荼毘地を南部二十九代重信公から拝領して、秀廓和尚が寛文5年(1665)に開山したといいます。
山号 | 三峰山 |
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院号 | - |
寺号 | 光台寺 |
住所 | 盛岡市名須川町15-11 |
宗派 | 浄土宗 |
葬儀・墓地 | - |
備考 | - |
光台寺の縁起
光台寺は、南部二十八代重直公(法名即性院殿三峰大居士)の荼毘地を南部二十九代重信公から拝領して、秀廓和尚が寛文5年(1665)に開山したといいます。
「盛岡の寺院」による光台寺の縁起
吉祥寺は浄土宗光台寺末で、本尊は木造阿弥陀如来立像である。開山は青森県の貞昌寺の徒弟・秀廓和尚で、和尚は盛岡に来て念仏教化していた頃、寛文五年(一六六五)南部藩主第二十九代重信公から、兄第二十八代重直公の荼毘の地及び供米地を賜り、堂を建立し、戒名即性院殿三峰大居士の中の三峰を取って、三峰山吉祥寺と号した。(「盛岡の寺院」より)
光台寺所蔵の文化財
- 木造阿弥陀如来立像(盛岡市指定有形文化財)
- 紙本着色如意輪観世音菩薩像一額(盛岡市指定有形文化財)
- 青銅製半鐘一口(盛岡市指定有形文化財)
木造阿弥陀如来立像
この仏像は寄木造の漆箔像で、十三世紀中葉以降の阿弥陀像に見られる特色が著しく現れ、鎌倉時代の製作と見られる。口をわずかに開き、白い歯をのぞかせる。古来「歯生いの弥陀」と呼ばれ、このような作例は全国でも少ない。像高九十七センチ。(盛岡市教育委員会掲示より)
紙本着色如意輪観世音菩薩像一額
この画像は一面八臂の如意輪観世音像で、専門仏画師による作。総体に気品があり、金銀をあまり使わない荘重で落ち着いた優品である。落款の「春日鏡秀」は奈良法隆寺の仏画師。江戸初期をくだらない作品。縦八十二センチ、横四十・三センチ。(盛岡市教育委員会掲示より)
青銅製半鐘一口
半鐘としては通常の形の作品。撞座は八蓮華座で中に九曜紋を刻み、竜頭と同じ方位にある。「嘉永四辛亥歳三月 鋳工盛岡住 藤田善兵衛良寛」の銘が刻まれている。南部鋳物師の作品の多くは戦時中に供出させられ、現存するものは少ない。本作は保存状態も良く貴重である。高さ五十三・五センチ。(盛岡市教育委員会掲示より)
光台寺の周辺図
参考資料
- 「盛岡の寺院」(盛岡市仏教会)