猫の足あとによる板橋区・東京都・首都圏の寺院、神社など寺社案内

猫の足あとによる東京都寺社案内

大谷口氷川神社|板橋区大谷口上町の神社

大谷口氷川神社の概要

大谷口氷川神社は、板橋区大谷口上町にある氷川神社です。大谷口氷川神社の創建年代等は不詳ながら、延宝2(1674)年の御水帳に記載があることから、江戸時代中期には既に創建され、上板橋村小名大谷口の鎮守となっていたといいます。

大谷口氷川神社
大谷口氷川神社の概要
社号 氷川神社
祭神 速須佐之男命、大雷命、木花佐久夜姫命
相殿 -
境末社 稲荷神社3社、六天神社、榛名神社、御嶽神社
祭日 稲荷毘射・氷川毘射1月19日
住所 板橋区大谷口上町89-1
備考 -



大谷口氷川神社の由緒

大谷口氷川神社の創建年代等は不詳ながら、延宝2(1674)年の御水帳に記載があることから、江戸時代中期には既に創建され、上板橋村小名大谷口の鎮守となっていたといいます。

新編武蔵風土記稿による氷川神社の由緒

(上板橋村)
該当記載なし(新編武蔵風土記稿より)

板橋区教育委員会掲示による大谷口氷川神社の由緒

当社は古来大谷口村の鎮守で、速須佐之男命、大雷命、木花佐久夜姫命を御祭神としている。
延宝2(1674)年の御水帳に「末社浅間社の御除地当村の内に24坪」と記され、同様に末社稲荷社、嶋社、鹿島社、須賀社についても記載されている。このことから当社は延宝年間には既に創建されていたことが明らかである。
古くから大谷口村民の信仰をあつめ、毎月1月19日には稲荷毘射、氷川毘射の神事が行われている。(板橋区教育委員会掲示より)

いたばしの神社による大谷口氷川神社の由緒

古老の口碑によれば約百七拾年前文化文政のころの創建と謂われるが、明治二年の「社寺取調下案」によれば「末社浅間社の御除地当村之内去ル延宝二寅年細水帳相載申候此坪数二十四坪反別二十四歩百姓無御座候稲荷社御除地同断鳴神社御除地右同断鹿島社御除地右同断稲荷社須賀社等六箇年御除地…」とあるので、延宝の頃既に創建されていたとも考えられる。従来、当宿西光寺が別当であったが、明治元辰年両部習合引分の際大野政武が奉仕し、後明治五年十一月廿七日より天祖神社々務兼勤となる。現在は宮司篠家である。(いたばしの神社より)

東京都神社名鑑による氷川神社の由緒

当社は古来大谷口村の鎮守である。延宝二寅年(一六七四)の御水帳によれば、「末社浅間神社」の御除地当村の内に二十四坪と記され、同じく末社稲荷社・鳴社・鹿島社・菅社についても記載が残されている。このことからみても、すでに延宝年間(一六七三-八一)にはすでに創立されていたことは明らかである。当社は古くから大矢口村民の尊崇の中心であった。(東京都神社名鑑より)


大谷口氷川神社の周辺図


参考資料

  • 新編武蔵風土記稿
  • 「いたばしの神社」
  • 東京都神社名鑑