明王山宝性寺|南葛八十八ヶ所、荒川辺八十八ヶ所、荒綾八十八ヶ所
宝性寺の概要
真言宗智山派寺院の宝性寺は、明王山不動院と号します。元亀元年(1570)僧亮歓が創建したと伝えられます。南葛八十八ヶ所霊場60番札所、荒川辺八十八ヶ所霊場62番札所、荒綾八十八ヶ所霊場12番札所。東三十三所観音霊場4番です。旧小谷野小学校隣りにあります
山号 | 明王山 |
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院号 | 不動院 |
寺号 | 宝性寺 |
住所 | 葛飾区堀切4-54-2 |
本尊 | 不動明王坐像 |
宗派 | 真言宗智山派 |
葬儀・墓地 | - |
備考 | 南葛八十八ヶ所霊場60番札所、荒川辺八十八ヶ所霊場62番札所、荒綾八十八ヶ所霊場12番札所 |
宝性寺の縁起
宝性寺は、元亀元年(1570)僧亮歓が創建したと伝えられます。当初は当地より西よりに在りましたが、荒川放水路開削工事により当地へ移動しました。
葛飾区寺院調査報告による宝性寺の縁起
元亀元年(1570)僧亮歓の創立。天正14年(1586)8月、亮歓の法弟歓空(-1607)が再興して開山となったといい、あるいは慶長18年(1612)道盤の開基ともいう。天明6年(1786)および弘化3年(1864)の洪水で多くの記録を失ったが、現在古過去帳(表紙欠)や大正14年に付近の檀家で発見された寛政6年(1794)6月に記した「宝性寺不動尊縁起」とがある。(中略)
大正4年、当寺は荒川放水路開削工事のため、約600メートル移動して、境内を現在地に変更した。本堂には絵額その他が多数掲げられている。(葛飾区教育委員会 葛飾区寺院調査報告より)
新編武蔵風土記稿による宝性寺の縁起
宝性寺。新義真言宗寺嶋村蓮花寺門徒、明王山不動院と号す。当寺は元亀元年僧亮歓の草創なり。中興喜空、慶長11年10月15日寂す。本尊不動、7寸許、弘法大師の作。
弁天社。(新編武蔵風土記稿より)
宝性寺所蔵の文化財
- 板絵着色屋形船兵庫丸大和丸図絵馬(葛飾区登録文化財)
- 井戸堀絵額(葛飾区指定文化財)
宝性寺の周辺図