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良観寺|尻手の観音、葛飾区柴又にある真言宗豊山派寺院

良観寺の概要

真言宗豊山派の良観寺は、弘誓山観音院と号します。創建年代は不詳ですが、室町時代末期から江戸時代初期にかけての間に念仏堂として建立されていたと考えられ、その後両観寺・了観寺として一寺となっていたといいます。柴又七福神のうちの宝袋尊、江戸川七福神の布袋尊、また南葛八十八ヶ所霊場の52番、新四国四箇領八十八ヵ所霊場29番です。お腹に両手を願掛けを祈る宝袋尊があります。

良観寺
良観寺の概要
山号 弘誓山
院号 観音院
寺号 良観寺
住所 葛飾区柴又3-33-13
本尊 聖観世音菩薩立像
宗派 真言宗豊山派
葬儀・墓地 -
備考 永代供養墓やすらぎの碑を募集、南葛八十八ヶ所霊場52番札所、柴又七福神の宝袋尊、尻手の観音



良観寺の縁起

良観寺の創建年代は不詳ですが、室町時代末期から江戸時代初期にかけての間に念仏堂として建立されていたと考えられます。江戸時代初期に両観寺・了観寺として一寺となっていたといいます。

新編武蔵風土記稿による良観寺の縁起

了観寺
弘誓山と号す。金蓮院の門徒なり。下の四ヶ寺共に同じ。本尊、正観音を安す。(新編武蔵風土記稿より)

葛飾区寺院調査報告による良観寺の縁起

当初は念仏堂であったというが、明暦元年(1655)の棟札に両観寺とあるによれば、その頃一寺となったのであろう。その棟札には念仏講中の人びとの名が多数記されている。念仏堂の創建は明らかでないが、昭和40年、本尊像修理の時、像内から元和9年(1623)8月の木札と記録一通が発見され、また当寺には永正6年(1509)5月銘の板碑を所蔵しているから、念仏堂は室町時代末期にはすでに存在したと思われる。さらに寛政7年(1795)本堂再建の棟札には、了観寺とあるから、良観寺と改ったのはその後であろう。江戸時代には、<尻手の観音>として知られ、毎年4月18日の縁日には、遠近からの参詣者でにぎわったという。当寺はもともと現地よりやや東方にあったが、昭和12年、戦災により焼失し、間もなく本堂以下を再建して現在にいたっている。(葛飾区教育委員会 葛飾区寺院調査報告より)


良観寺の周辺図


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