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三谷八幡神社|品川区小山の神社

三谷八幡神社の概要

三谷八幡神社は、品川区小山にある八幡神社です。三谷八幡神社は、小山八幡神社から分社して創建したといいます。

三谷八幡神社
三谷八幡神社の概要
社号 三谷八幡神社
祭神 誉田別命
相殿 -
境内社 稲荷社
住所 品川区小山5-8-7
備考 -



三谷八幡神社の由緒

三谷八幡神社は、小山八幡神社から分社して創建したといいます。「品川区の文化財」によると、信仰上の問題から、と記載されており、三谷の名主石井助太夫が、日蓮宗寺院に多く見られる妙見菩薩を嫌って出世稲荷社が鎮座していた当地に八幡社を祀ったものと考えられます。

「品川区の文化財」による三谷八幡神社の由緒

元禄年中、村内石井助太夫という人が、池ノ谷八幡(小山八幡神社)より分社する。当時信仰上の問題から氏子が二分したものである。(「品川区の文化財」より)

新編武蔵風土記稿による三谷八幡神社の由緒

(小山村)
該当掲載なし(新編武蔵風土記稿より)

東京都神社名鑑による三谷八幡神社の由緒

鎮座の原由・創立年紀不詳であるが、隣接の小山八幡神社と深い関わりがある。同社の社伝によれば、鎌倉幕府のころ、長元三年(一〇三〇)源頼信公霊威を感得し、西小山の高地に誉田別尊を奉斉し、小山村字本村の氏神として崇敬したのをはじめとし、文明年間(一四六九-八七)太田持資江戸城を築いたころ、小山村一帯を鷹匠地と定め、八幡宮を尊崇し妙見八幡とも、池の谷八幡とも称し、八幡御神像ならびに妙見菩薩像を祀り、身延山久遠寺系の仏母山摩耶寺が別当となっていたが、明治五年神仏分離令によって、妙見菩薩像は摩耶寺に遷された。延宝(一六七三-八一)・元禄(一六八八-一七四四)のころこの地で起こった宗教上の札轢から、字滝原(三谷の地)の名主石井助太夫が、右の八幡御神像を自宅屋敷内に移し奉祀、のちに滝原の山林の出世稲荷大明神を祀ってあった宮地に、くだんの八幡神像を遷座鎮祭し三谷八幡宮と称され、三谷地区の氏神として今日に至っている。昭和二十年四月戦災により本殿の鉄筋コンクリート宝蔵部を残して全焼、御神体・古文書類は辛に焼失をまぬかれた。前記石井助太夫が歿後、昭和六十一年が三百五十年忌にあたることが石井家の調査で明らかになった。助太夫は大変剛の者で天狗祭の起りと関係がある。(東京都神社名鑑より)


三谷八幡神社の周辺図


参考資料