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原の水神池|品川区西大井の名所旧跡

原の水神池の概要

原の水神池は、品川区西大井にある名所旧跡です。原の水神池は、200年余り前(江戸時代後期)に農作物を洗う洗場として供用されるようになった溜井です。かつては、当地の徳兵衛・治右衛門の所有だったものを開放、200年余り前に農民に開放、出荷する野菜を洗った「洗い場」として利用され、この池の水は湧き水なことから澄んでいて、眼病を治すのに効果があるといわれ、治るとそのお礼に鯉を池に献上する慣わしだったといいます。(当地で祀っている原水神社の祭神が鯉附大権現のため。)

原の水神池
原の水神池の概要
名称 原の水神池
みどころ 史跡
区分 品川区指定史跡
住所 品川区西大井3-1
備考 -




原の水神池

原の水神池は、200年余り前(江戸時代後期)に農作物を洗う洗場として供用されるようになった溜井です。かつては、当地の徳兵衛・治右衛門の所有だったものを開放、200年余り前に農民に開放、出荷する野菜を洗った「洗い場」として利用され、この池の水は湧き水なことから澄んでいて、眼病を治すのに効果があるといわれ、治るとそのお礼に鯉を池に献上する慣わしだったといいます。(当地で祀っている原水神社の祭神が鯉附大権現のため。)

品川区教育委員会掲示による原の水神池について

武蔵野台地の末端部に位置するこの湧水池は、むかし原・出石などの農家が、出荷する野菜を洗った「洗い場」であった所で、現在も水が湧き続けている。
水神社は、農耕や日常生活に欠かすことのできない水を確保し続けたいという願いから、地元の人々が祀ったものである。
清く澄んだこの池の水は、眼病を治すのに効果があるといわれ、治るとそのお礼に鯉を放ったという。
「洗い場」は、都市化とともに姿を消してしまったが、この水神池により、農村だった頃の生活や民間信仰の一面を知ることができる。(品川区教育委員会掲示より)

「大井町史」による原の水神池について

水神祠
水神祠は、字原に在る。昔此の地の三右衛門と云ふ者が、出羽の湯殿山に於て修行して後歸村し、昔からの洗場であつた池の傍に鯉附大権現を祭祀したのである。其の後秋本五兵衛、宇田川権蔵兩氏が之を再建した。之を信仰すれば、不思議にも眼病が治癒すると云ふので、病者の参詣する者が非常に多い。平癒後願解きの爲めに、鯉其の他を放流するを例としてゐる。この池の傍らに立つ碑には左の由来記が刻まれてゐる。
溜井由来記
此の處は今より凡そ二百餘年前、此の地の徳兵衛、治右衛門なる人等の所有であつたが、圖らずも清水の湧き出るので、溜井となし、農作物を洗ふ洗場の用に充てらのが起りである。其の時より此の附近五十餘戸の農家の爲めに、如何ばかり便宜と利益とを、與へて居たかは云ふまでもなく、水神を祭りて此の處を名づけて、水神之池と稱へ、其祠のしたを新鮮なる蔬菜の洗場として、冬も温かい水の恩恵を受けたことは、大なるものであつた。殊に此清澄な湧き水は、眼病に効験著しとの事で、遠近より傳へ来り、水神に祈りて此の水を乞ふもの多く、又治癒の印として、鯉を献する慣しとなり、現在多くの鯉の遊泳するは、其の爲めである。若し之を捕ふる者は、直に神罰を蒙り、眼を患ふと云ふ傳説がある。爾来世の進運と共に、土地の發展に伴ひ、畑地の多くは宅地となり、遂に洗場とも遠ざかるやうになれる處から、今年三月に至り、更に時代の施設に應ずべく、萬一の變に備ふる爲め貯水池として、町より定められる事になつた。今茲に其由来を記して、記念の爲に此の碑を建つる所以である。
湧き出でて盡きぬ清水は時の世を 皆それぞれに恵むなりけり 倉本彦五郎述(「大井町史」より)


原の水神池の周辺図


参考資料