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慈眼寺|千葉市若葉区野呂町にある日蓮宗寺院、清水不動堂

慈眼寺の概要

日蓮宗寺院の慈眼寺は、不動山と号しかつては、清水不動堂と称されていました。慈眼寺は、妙興寺と同じく曽谷氏の一族曽谷四郎右衛文直秀(道崇)が開基となり、中老僧大受阿闍梨日合上人を開山に迎えて建治元年(1275)野呂に創建、清水不動堂と称される曽谷道祟の持仏堂でした。里見氏の兵乱により永禄12年(1569)堂宇焼失したものの、天正3年(1575)に再建、慶長年間(1596-1615)以降は、塔頭3ヶ寺が持ち回り別当として護持していたといいます。明治維新後塔頭三ヶ寺が廃寺となり、妙興寺が護持、昭和28年に慈眼寺と公称して宗教法人登記されています。

慈眼寺
慈眼寺の概要
山号 不動山
院号 -
寺号 慈眼寺
住所 千葉市若葉区野呂町1542
宗派 日蓮宗
葬儀・墓地 -
備考 -



慈眼寺の縁起

慈眼寺は、妙興寺と同じく曽谷氏の一族曽谷四郎右衛文直秀(道崇)が開基となり、中老僧大受阿闍梨日合上人を開山に迎えて建治元年(1275)野呂に創建、清水不動堂と称される曽谷道祟の持仏堂でした。里見氏の兵乱により永禄12年(1569)堂宇焼失したものの、天正3年(1575)に再建、慶長年間(1596-1615)以降は、塔頭3ヶ寺が持ち回り別当として護持していたといいます。明治維新後塔頭三ヶ寺が廃寺となり、妙興寺が護持、昭和28年に慈眼寺と公称して宗教法人登記されています。

「日蓮宗寺院大鑑」による慈眼寺の縁起

慈眼寺
建治2(1276)年の創立。開山大受院日合(永仁元年(1293)10月11日寂)。開基檀越は曾谷直秀。通師法縁。曾谷道祟の持仏堂であった。永禄12年里見兵乱により全焼、天正3年12月再建。慶長年間より塔頭三ヶ寺が廻り持ち別当として護持してきた。安政年間大地震により崩壊、慶応3年再建。明治初年塔頭三ヶ寺が廃寺、別当職も中止となり、以来妙興寺歴代がこの堂を護持することになった。昭和28年に宗教法人慈眼寺と公称。(「日蓮宗寺院大鑑」より)


慈眼寺の周辺図


参考資料

  • 「日蓮宗寺院大鑑」

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