宝寿院|柏市布瀬にある真言宗豊山派寺院

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多宝山宝寿院|東葛印旛大師八十八ヶ所霊場

宝寿院の概要

真言宗豊山派寺院の宝寿院は、多宝山無量寺と号します。宝寿院の創建年代等は不詳ながら、享禄元年(1528)の創建と伝えられ、江戸期には数多くの檀家を有していたといいます。江戸時代中期の住職暁慧権僧正(1731-1803)は、香取鳥見神社への勅額・御紋章下賜に際して尽力、また松虫寺・江戸大塚日輪寺へ転住、天明元年(1781)室生寺住持に、寛政12年(1800)湯島根生院に転住、享和2年(1802)長谷寺35世を務めた名僧です。東葛印旛大師八十八ヶ所霊場62・79番、下総四郡八十八所霊場79番、下総三十三ヶ所観音霊場30番です。

宝寿院
宝寿院の概要
山号 多宝山
院号 宝寿院
寺号 無量寺
住所 千葉県柏市布瀬1637-1
宗派 真言宗豊山派
葬儀・墓地 -
備考 -



宝寿院の縁起

宝寿院の創建年代等は不詳ながら、享禄元年(1528)の創建と伝えられ、江戸期には数多くの檀家を有していたといいます。江戸時代中期の住職暁慧権僧正(1731-1803)は、香取鳥見神社への勅額・御紋章下賜に際して尽力、また松虫寺・江戸大塚日輪寺へ転住、天明元年(1781)室生寺住持に、寛政12年(1800)湯島根生院に転住、享和2年(1802)長谷寺35世を務めた名僧です。

「沼南町史」による宝寿院の縁起

当寺は布瀬地区のほぼ中央部にあり、山門下の南々西の方向から参道の石段(三十五段)を登った高台に位置する。
創立に関する由緒などは不詳であるが、中世末期の享禄元(一五二八)年の創立といわれる。創建後、まもなく当地区に多くの檀家を有したことは、境内の墓所に寛永年間(一六二四~四四)の銘を刻む数基の五輪塔をはじめとして、林立する多くの近世初期以降の石塔によって知られる。本寺、興福院の過去帳には、寛文三(一六六三)年八月七日に寂した長慶や、元禄五(一六九ニ)年九月三日示寂の隆長など、当寺の江戸初期における住持の名を見出すことができる。
江戸中期には、当地に生まれ、後に奈良長谷寺の能化となった高僧暁慧僧正が、当寺の暁盛について出家剃髪している。おそらく延享年間(一七四四~八)のころと思われる。そののち、明和二(一七六五)年には参道の石段が惣村講中によって奉納され、安永八(一七七九)年五月八日に寂した高観は中興開山とされているから、その代に諸堂が修改築されたものと思われる。
こうして整備された諸堂は、近代まで本堂(八間半×五間)・庫裡(七間×八間)・不動堂(三間四方)・山門など、総建坪面積一〇〇余坪の伽藍を擁していたが、明治四十五(一九一二)年一二月二十一日、春分満月の夜に起こった当地区の大火に遭い、山門と、搬出した本尊のみを残して、他はことごとく類焼した。焼失した什宝類には、大日如来の各坐像をはじめ、胎蔵界大曼荼羅二幅、世界大相画像三幅、十王絵画像一〇幅などがあったことが、明治二十五(一八九二)年に記録した興福院の『門末什器帳』によって知ることができる。(「沼南町史」より)


宝寿院の周辺図

参考資料

  • 「沼南町史」