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高光寺。兵庫県赤穂市加里屋にある日蓮宗寺院

高光寺の概要

日蓮宗寺院の高光寺は、法耀山と号します。高光寺の創建年代等は不詳ながら、大津にあり妙典寺称していたといいます。寛永17年(1640)当地に移転、寛文2年(1662)には赤穂藩主浅野長直侯の奥方光院殿蓮心日澄大姉の菩提寺となったといいます。延宝2年(1674)には浅野長友侯が願主となり改築、寺号を高光寺と改め、元地大津に残されていた妙典寺を末寺としたといいます。当寺には原惣右衞門直筆の「法華経」八巻、大石良雄筆「大黒天画像」、浅野家寄進の「三十番神画像」「鬼子母神・十羅刹女画像」等が保存されています。

高光寺
高光寺の概要
山号 法耀山
院号 -
寺号 高光寺
本尊 釈迦如来像
住所 赤穂市加里屋1861
宗派 日蓮宗
葬儀・墓地 -
備考 -



高光寺の縁起

高光寺の創建年代等は不詳ながら、大津にあり妙典寺称していたといいます。寛永17年(1640)名跡を移す形で当地に移転、明暦3年(1662)には赤穂藩主浅野長直侯から本尊の寄進を受け、寛文2年(1662)には浅野長直侯の奥方光院殿蓮心日澄大姉の菩提寺となったといいます。延宝2年(1674)には浅野長友侯が願主となり改築、寺号を高光寺と改め、元地大津に残されていた妙典寺を末寺としたといいます。

境内掲示による高光寺の縁起

法耀山高光寺は、元大津村にあって妙典寺と称していたが、寛永十七年(一六四〇)に現在地にうつされた日蓮宗寺院である。
明暦三年(一六五七)赤穂藩主浅野長直侯から御本尊の寄進を受け、寛文二年(一六六二)奥方、高光院殿蓮心日澄大姉の菩提寺となるよう仰せ付けられた。
延宝二年(一六七四)に浅野長友侯が願主となり、当山を大改築して、高光寺と改称、竹万村大乘寺と、大津村に新たに建立された妙典寺を高光寺の末寺とし、延宝四年に日蓮宗中本山となった。元禄十四年(一七〇一)の浅野家断絶に際しては、家臣から高光院殿御墓料として田地五反二畝九歩を寄進された。
当山檀越、原惣右衞門寄進の七面大天女を祀り、毎年九月十九日に火伏祭を営んでいる。
なお義士関係の寺宝としては、原惣右衞門直筆の「法華経」八巻、大石良雄筆「大黒天画像」、浅野家寄進の「三十番神画像」「鬼子母神・十羅刹女画像」等が保存されている。(赤穂義士会掲示より)

「赤穂義士史跡めぐり」による高光寺の縁起

高光寺
花岳寺の西にある高光寺は、備前街道に対するおさえの目的もあって建てられた。初め妙典寺とよんだが、浅野長直夫人高光院殿の帰依を受けていたので、高光院の法名を用い高光寺とかえた。境内には高光院殿の墓のほか、木村岡右衛門の親・岡嶋八十右衛門の妻の墓もある。大石良雄は赤穂開城にあたり、家中から寄せられたお金で、高光院殿の御墓料として、田地5反2畝9歩(約52a)を寄進している。寺宝として、大石良雄がかいた大黒天の画像や原惣右衛門の法華経八巻の写経、浅野家寄進の仏画がのこっている。(「赤穂義士史跡めぐり」より)


いいお墓

高光寺の周辺図


参考資料
  • 赤穂義士史跡めぐり(財団法人赤穂市文化振興財団刊行)