圓通神社。盛岡市大通の神社

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圓通神社。原敬の別邸介寿莊跡

圓通神社の概要

圓通神社は、盛岡市大通にある神社です。圓通神社は、元内閣総理大臣原敬の別邸介寿莊があった当地から、昭和55年に氏神の一部が出土した事から、復元し祀られたといいます。

圓通神社
圓通神社の概要
社号 圓通神社
祭神 倉稲魂命
相殿 -
境内社 -
祭日 -
住所 盛岡市大通3-3
備考 -



圓通神社の由緒

圓通神社は、元内閣総理大臣原敬の別邸介寿莊があった当地から、昭和55年に氏神の一部が出土した事から、復元し祀られたといいます。

境内掲示による圓通神社の由緒

圓通神社由来
この地は、原敬(内閣総理大臣 大正7年)の別邸介寿莊のあった場所です。
原敬は、少年時代儒教の根本である漢籍を、青年時代は耶蘇教を、そして晩年はコツコツと仏教を深く研究された方です。
仏典の2、3は暗記するほど深く研究し、とても信仰の厚い方でありました。又、神社に対しては、深く尊崇を持ち、自分で菩提寺、大慈寺を建立(大正8年)しております。
原敬の偉大さは、特に兄弟の仲は良く、母に孝養を尽くし、友情に厚く国家本位の政治を行ない、大西郷の遺言の通り美田を求めず、金も命も国家に捧げ私費を投じて国家外交に献身するなど、人間原敬の面目全く躍如としております。
孔子の儒教精神と、西洋の自由思想をほどよく摂取調和し実践した人間の手本とすべき人でありました。
昭和55年ホテル建設にあたり、時の流れに荒廃していた氏神の一部が出土した事から有志により復元をはかり、無病息災、家内隆盛、子孫繁栄、良縁、商売繁盛、交通安全の守護神として造られた神社であります。(境内掲示より)

「岩手県神社名鑑」による圓通神社の由緒

掲載なし(「岩手県神社名鑑」より)


圓通神社の周辺図


参考資料

  • 「岩手県神社名鑑」