永泉寺。岩手県盛岡市大慈寺町にある曹洞宗寺院

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盛香山永泉寺。盛岡三十三観音7番

永泉寺の概要

曹洞宗寺院の永泉寺は、盛香山と号します。永泉寺は、尽室長呑和尚が中野新山館に一宇を建立、師である天室清耽和尚(北山源勝寺九世)を開山として天正3年(1575)に創建したといいます。盛岡三十三観音7番です。

永泉寺
永泉寺の概要
山号 盛香山
院号 -
寺号 永泉寺
住所 盛岡市大慈寺町8-22
宗派 曹洞宗
葬儀・墓地 -
備考 -



永泉寺の縁起

永泉寺は、尽室長呑和尚が中野新山館に一宇を建立、師である天室清耽和尚(北山源勝寺九世)を開山として天正3年(1575)に創建したといいます。

「盛岡の寺院」による永泉寺の縁起

天正三年(一五七五) の開創。織田信長が室町幕府を倒し、一向一揆を討ちつつ、三河長篠に武田勢を潰滅させて、天下統一に向け駆け出した風雲急を告げる最中のことである。
寺院沿革
二世尽室長呑和尚(西根町寺田聖福寺開山)が中野新山館に一宇を建立。その師、天室清耽和尚(北山源勝寺九世)を開山に勧請し、民衆教化の第一歩を印した。後、いつ頃か現在地に移ったといわれるが、定かでない。寺の跡らしい形跡もない。思うに、「北上の渡し」を新山渡しと言ったというから、現在の高崩から大慈寺町にかけての丘陵地帯一体を指して新山と言ったのではないか。とすれば、当初より現在地にあったのではないかとも考えられる。(「盛岡の寺院」より)


いいお墓

永泉寺所蔵の文化財

  • 「十六羅漢図」十六幅及び「所記次第」一幅(盛岡市指定文化財)

「十六羅漢図」十六幅及び「所記次第」一幅

この作品は「所記次第」によると、黒澤適翁が先祖代々の功徳と子孫繁栄のため、珍宝を寺に寄進しようと思っていた折、中国の元の画人、顔 秋月 の絵を手本にした本堂蘭室の「十六羅漢図」を入手することができ、江戸で表具して永泉寺に納めたものであることが分かる。
衣紋の線は鉄線描で処理し、淡墨の上に濃墨を重ねる手法をとっている。顔の描出は細かく、岩などの背景は没骨法で表現され、いずれも丁寧に描かれ蘭室の作品に寄せた気概が伝わる秀作である。
蘭室(一七七七~一八四三)は名を光亀、文心堂と号した。実豈田鎖鶴立斎を共に盛岡藩の代表的な漢画家であるが、むしろ南画風の作品が多く伝えられている。
この「十六羅漢図」は、蘭室の代表的作品であるだけでなく、画風の変遷及び画法の幅を知る上からも貴重であり、盛岡藩の漢画を代表する作品のひとつである。(盛岡市教育委員会掲示より)

永泉寺の周辺図


参考資料

  • 「盛岡の寺院」(盛岡市仏教会)