恩流寺。岩手県盛岡市愛宕町にある曹洞宗寺院

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恩流寺。岩手県盛岡市愛宕町にある曹洞宗寺院

恩流寺の概要

曹洞宗寺院の恩流寺は、開田山と号します。恩流寺は、報恩寺住職の隠居所として創建、南部信行公が開基となり、報恩寺第七世慶室恕悦和尚が元和9年(1623)に開山したといいます。

恩流寺
恩流寺の概要
山号 開田山
院号 -
寺号 恩流寺
住所 盛岡市愛宕町21-10
宗派 曹洞宗
葬儀・墓地 -
備考 -



恩流寺の縁起

恩流寺は、報恩寺住職の隠居所として創建、南部信行公が開基となり、報恩寺第七世慶室恕悦和尚が元和9年(1623)に開山したといいます。

「盛岡の寺院」による恩流寺の縁起

開山
元和九年(一六二三)盛岡市名須川町報恩寺第七世慶室恕悦和尚が、従来、報恩寺住職の隠居所であったものを報恩寺末寺として開山したものである。開基は南部信行公といわれている。
寺院沿革
当寺には、第二十世慈海東輝(細谷東輝)和尚が大正六年に記したとされる「御届書」の「寺院ノ由緒及沿革」がある。
また、建立の歴史は浅いが、境内には淑子菩薩の像が建てられている。昭和四十六年七月三十日午後二時頃、岩手郡雫石町上空で一瞬のうちに一六二名の尊い生命を奪った世界最大の航空機事故で、当寺に遺体で収容された堀江淑子さん(札幌市・当時二十七歳) の悲惨な死を悲しみ、娘の霊を弔うために両親が建立した美しい菩薩像である。いまなおこの像には参詣者の上げる香煙の絶える聞がない。(「盛岡の寺院」より)


恩流寺の周辺図


参考資料

  • 「盛岡の寺院」(盛岡市仏教会)