村檜神社。栃木市岩舟町小野寺の神社

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村檜神社。延喜式内社、小野寺十郷の総鎮守・下野国の三之宮

村檜神社の概要

村檜神社は、栃木市岩舟町小野寺にある神社です。村檜神社は、熊野大神と日枝大神を祀り大化2年(646)に創建、延喜5年(927年)に制定された延喜式神名帳に記載されている延喜式内社で、小野寺十郷の総鎮守・下野国の三之宮としても崇敬されています。清和天皇代に勧請した皆川村小野口字八幡澤の八幡大神を、第五十八代光孝天皇代に当社へ合祀、誉田別命を祭神としています。明治維新後に郷社に列格、明治41年には本殿が国重要文化財に指定されました。

村檜神社
村檜神社の概要
社号 村檜神社
祭神 誉田別命
相殿 熊野大神、大山咋命
境内社 住吉神社、浅間神社、西宮神社、織姫神社
祭日 -
住所 栃木市岩舟町小野寺4697
備考 -



村檜神社の由緒

村檜神社は、熊野大神と日枝大神を祀り大化2年(646)に創建、延喜5年(927年)に制定された延喜式神名帳に記載されている延喜式内社で、小野寺十郷の総鎮守・下野国の三之宮としても崇敬されています。清和天皇代に勧請した皆川村小野口字八幡澤の八幡大神を、第五十八代光孝天皇代に当社へ合祀、誉田別命を祭神としています。明治維新後に郷社に列格、明治41年には本殿が国重要文化財に指定されました。

境内掲示による村檜神社の由緒

大化2年(646年)に建立され、誉田別命、熊野大神、大山咋命が祭られています。延喜5年(927年)に制定された延喜式(法律の施行細則)の中の神名帳に記載されている延喜式内社で、下野国の三之宮として長い歴史があります。
本殿は、室町時代に建立された三間社春日造という珍しい様式で、屋根は桧の皮を重ね竹釘を用いている桧皮葺です。明治41年国の重要文化財の指定を受けています。(環境庁・栃木県掲示より)

「栃木県神社誌」による村檜神社の由緒

当社は人皇第三十六代孝徳天皇大化二年九月二十九日の創建にして熊野大神、大山咋命を勧請す。抑本社は往古佐野庄小野寺と称し上岡、下岡、三谷、新里、古江、下都原、畳岡、駒場、鷲巣等を小野寺十郷と称し、その總鎮守たり。第五十六代清和天皇の御宇、皆川村字八幡沢に八幡大神を勧請したが、この地不浄なりし故に、第五十八代光孝天皇御宇勅して当地に合祀し陰暦八月十五日を以て大祭日と定められる。(「栃木県神社誌」より)

「下都賀郡小誌」にまつわる明治天皇勅使差遣

村檜神社
(小野寺村大字小野寺字上耕地の山腹に鎮座す)大化二年九月二十八日の創立にして熊野大神日枝大神を勧請す、清和天皇の御宇皆川村小野口字八幡澤に八幡大神を勧請したりしか、其地不浄なる事ありし故光孝天皇の御宇當社に合祀す、醍醐天皇の時左大臣忠平勅により國内の神社を調査す、當社其選に加はり、夫れより延喜式内村檜神社と稱せり、藤原秀郷将門を滅して七十貫文を納めて神饌料とし守護神と崇めて厚く尊信せり、後鳥羽天皇の文治二年當村領主小野寺前司太郎藤原通綱讒せられ、頼朝の疑ふ所となりしかば石清水八幡宮に参詣して其冤罪の雪がれんことを祈り、神水を竹筒に容れて之れを持ち帰り、社殿西北隅の岩石に注ぎしに清水滾れ出づ今に小野寺石清水と稱し如何なる旱魃にも水の涸るることなし、又本殿左方の柱に飛騨の國人甚五郎の作と稱する瓜の彫刻あり、往事時到れば青色を呈したりと云ふ、神殿拝殿は特別保護の建造物として指定さる(「下都賀郡小誌」より)


村檜神社所蔵の文化財

  • 村檜神社社叢(岩舟町指定文化財)
  • 村檜神社本殿(国重要文化財)

村檜神社社叢

646年(大化2年)に熊野大神と日枝大神をむかえてまつられた村檜神社の祭神は誉田別命です。
延喜式内社の一つに数えられ、本殿は三間社春日造、屋根は檜皮葺で1553年(天文22年)に建てられたものです。
1908年(明治41年)に、国の重要文化財として指定されました。
神社の境内は広大で、参道両側の杉などの社叢は樹齢1000年にも及ぶと思われます。(岩舟町教育委員会掲示より)

村檜神社の周辺図


関連ページ

参考資料

  • 「栃木県神社誌」
  • 「下都賀郡小誌」