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大門観音堂|板橋区大門にある曹洞宗寺院

大門観音堂の概要

曹洞宗寺院の大門観音堂は、板橋区大門にある観音堂です。大門観音堂の創建年代等は不詳ながら、豊島一族の須田(墨田)時光一族の墓所となっており、現在は松月院が管理しています。須田(墨田)時光は、日蓮上人に入信し、己の地所を子に譲って妙典寺とし、自らは日徳と号して当地に移り住み、十羅刹堂を創祀したといいます。

大門観音堂
大門観音堂の概要
山号 -
院号 -
寺号 観音堂
住所 板橋区大門2
宗派 曹洞宗
葬儀・墓地 -
備考 -



大門観音堂の縁起

大門観音堂の創建年代等は不詳ながら、豊島一族の須田(墨田)時光一族の墓所となっており、現在は松月院が管理しています。須田(墨田)時光は、日蓮上人に入信し、己の地所を子に譲って妙典寺とし、自らは日徳と号して当地に移り住み、十羅刹堂を創祀したといいます。

新編武蔵風土記稿による大門観音堂の縁起

(下赤塚村)
該当記載なし(新編武蔵風土記稿より)

「いたばし郷土史事典」による大門観音堂の縁起

大門観音堂(大門三番)
ここの墓地は元来が共同墓地で宗派に関係していなかったが、現在は松月院に属している。諏訪神社の宮司も葬られていて、鳥居のある墓所から神仏混淆時代の習俗が伺える。鎌倉時代の豪族であった須田五郎時光及びその子孫の須田家代々の墓所がある。中世に新倉の妙典寺に館を構えていた豊島一族の須田時光は、次男の日堅を僧として寺を建立させて残し、自分は赤塚の大門に移り住んだという。その折に須田家の守護神十羅刹をこの地に奉祀したと伝える。大門とは地名で、赤塚城の入口に大きな門があったところから小名となったと、地元では伝えられている。正徳五年(一七一五)造立の庚申塔には、大門村の表記が見られる。(「いたばし郷土史事典」より)


いいお墓

大門観音堂の周辺図


参考資料
  • 新編武蔵風土記稿
  • 「いたばし郷土史事典」