金光山了源寺|台東区元浅草にある浄土宗寺院
了源寺の概要
浄土宗寺院の了源寺は、金光山と号します。了源寺は、念蓮社一誉上人即生呑雄和尚(元和3年1617寂)が開山となり、慶長7年(1602)田所町に創建、元和8年(1622)に矢の倉への移転を経て当地へ移転、江戸時代には塔頭3ヶ寺を擁していたといいます。
山号 | 金光山 |
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院号 | - |
寺号 | 了源寺 |
住所 | 台東区元浅草3-17-5 |
宗派 | 浄土宗 |
葬儀・墓地 | - |
備考 | - |
了源寺の縁起
了源寺は、念蓮社一誉上人即生呑雄和尚(元和3年1617寂)が開山となり、慶長7年(1602)田所町に創建、元和8年(1622)に矢の倉への移転を経て当地へ移転、江戸時代には塔頭3ヶ寺を擁していたといいます。
御府内寺社備考による了源寺の縁起
芝増上寺末 浅草新寺町
金光山龍光院了源寺、境内拝領地1200坪、門前町有之
慶長7寅年元地所田所町二有之候処、元和8戊年中中谷野倉江地所替二相成、夫程なく於当所二表間口32間裏行37間半拝領仕候。
開山念蓮社一誉上人即生呑雄和尚、元和3巳年3月29日遷化。
中興證蓮社厳誉上人法水長伝和尚、正徳4亥年6月29日遷化。
本堂、間口7間半奥行6間。
本尊阿弥陀如来木座像、丈1尺8寸慈覚大師作。
弥陀六字名号、善導大師御真筆。右御裏書、鎌倉光明寺開山良忠上人御筆。
釈迦如来遺身舎利。
葵御紋付御戸帳壱掛。
同御打鋪壱枚。
同御水引壱掛。
右三品、明和4亥年当寺第8世詳誉代、右善導大師名号、従
浄岸院様御帰依二寄而為御祈祷御寄附被遊候。
浄岸院様尊牌相納候年月相知不申候。
大鐘。右武州豊島郡江戸了源寺第三代中興證蓮社厳誉代正保4年丁亥2月4日。奉寄進、 御大工椎名兵庫頭也。
石仏地蔵尊。
稲荷社。
(中略)
寺中
龍光院。
本尊阿弥陀如来、木立像1尺6寸
長源院。
右は宝暦13申年10月土井大炊頭様江御届、畳置申候。
伝相院
右は明和9辰年6月土岐美濃守様へ御届申上、畳置申候。右両院之本尊并什物等は如何二相成哉相分不申候。
以上乙酉書上
慶長三成年起立。往古田所町にあり。それより矢の御蔵へ移り、又正保元申年此所へ移る。
唐鑑真和尚持来釈迦遺身の舎利、弥陀六字名号善導大師筆、舎利附の珠数等当寺にあり。以上江戸志
舎利附の珠数ハ丙丁にかゝりて今ハなし。捜索(御府内寺社備考より)
了源寺の周辺図
参考資料
- 御府内寺社備考