慈眼庵|船橋市丸山にある臨済宗寺院

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慈眼庵|船橋市丸山にある臨済宗寺院

慈眼庵の概要

船橋市丸山にある臨済宗寺院の慈眼庵は、福聚山と号していました。慈眼庵は、高岡與三兵衛・徳田與左衛門父子が、当地に土着し開拓した際、長松先住竜翔第一座宝林座元を招請して元禄年間に創建(1688-1704)に創建したといいます。

慈眼庵
慈眼庵の概要
旧山号 福聚山
旧院号 -
旧庵号 慈眼庵
住所 船橋市丸山4-12-8
宗派 臨済宗
葬儀・墓地 -
備考 -



慈眼庵の縁起

慈眼庵は、高岡與三兵衛・徳田與左衛門父子が、当地に土着し開拓した際、長松先住竜翔第一座宝林座元を招請して元禄年間に創建(1688-1704)に創建したといいます。

「船橋市史」による慈眼庵の縁起

(丸山新田)
慈眼庵
臨済宗。慶応三年に馬橋万満寺(松戸市)から品川東海寺に宛てて差し出した本末調書の控えに、「丸山新田 慈眼庵」とあり、幕末には万満寺の末寺であった。『法王山万満寺史』(松下邦夫著・万満寺刊)に、「元文五年(中略)の末寺調書によると、(中略)行徳村長松寺末であった様だ」と記されている。長松寺万満寺の末寺である。(「船橋市史」より)

境内石碑による慈眼庵の縁起

祈る
草創の人高岡與三兵衛、徳田與左衛門父子は成田、武藤ら一族郎党と共に、万治二年芽花の色鮮かに咲き始める頃、自然豊かな里、下総国葛飾郡丸山に種井を掘る。高岡與三兵衛は摂洲尼ケ崎の産である。
丸山の守護神駒形神社を創建し、元禄年間臨済宗大徳寺派に連なる開祖長松先住竜翔第一座宝林座元を請じ、福聚山慈眼院を開基旦越徳田與惣兵衛之を建立する
しかし丸山の菩提寺で慶長五年開山浄土真宗本願寺派仏性山法善寺が行徳にある。開祖大僧都宗玄和尚はもと片桐且元の臣であり與三兵衛もまた且元の臣であった。和尚は丸山の村立の遠い以前より深い関りがあった。元禄十年法善寺今の地に遷る。與惣兵衛、木木を寄進する。慈眼院建立のこの頃はやくに分家、新宅のかまどの煙りにぎわい立つ。安兵衛、仁屋を始め歳経ると共に、忠左衛門、新家(しげ)、惣兵衛、安右衛門ら芝分けの人びとと共に九家を数える古根を起し茅を刈る。激動の代々も、祖先の御守護を頂き和風漂いたゆることなく圓かである。丸山の今日の基いをきずき残された先人達の遺徳を偲びここに子孫相寄り地蔵尊を静修し墓所を修め、衷心より謹みて祖先の菩提を祀る。(境内石碑より)


慈眼庵の周辺図


参考資料

  • 「船橋市史」