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因速寺|江東区東砂にある真宗大谷派寺院

因速寺の概要

真宗大谷派寺院の因速寺は、大護山と号します。因速寺は、元和年間(1615-1624)光照院釈定玄法師が江戸京橋近辺に一宇を建立、本願寺第13世宣如上人より光照院大護山困速寺の寺号を授かったといいます。その後江戸木挽町、そして江戸黒江町代地(深川区福住町)に移転、関東大震災で被災の後昭和2年当地に再建したといいます。

因速寺
因速寺の概要
山号 大護山
院号 -
寺号 因速寺
本尊 阿弥陀如来像
住所 江東区東砂1-4-10
宗派 真宗大谷派
葬儀・墓地 -
備考 -



因速寺の縁起

因速寺は、元和年間(1615-1624)光照院釈定玄法師が江戸京橋近辺に一宇を建立、本願寺第13世宣如上人より光照院大護山困速寺の寺号を授かったといいます。その後江戸木挽町、そして江戸黒江町代地(深川区福住町)に移転、関東大震災で被災の後昭和2年当地に再建したといいます。

「江東区の民俗城東編」による因速寺の縁起

因速寺
「困速寺沿革」によれば、江戸時代初期、常陸国の住人で、東本願寺第一二世教如上人に帰依して仏門に入った光照院釈定玄法師が元和年間(一六一五~二四)に江戸京橋あたりに一宇を開いた。本願寺第一三世宣如上人より光照院大護山困速寺という寺号を賜った。その後、江戸木挽町、そして、江戸黒江町代地(深川区福住町)に移転した。大正二一年(一九二三)の大震災で、打撃を受け、昭和二年(一九二七)に現在地に再建した。昭和二〇年三月の大空襲で焼失、昭和二六年に再建された。(「江東区の民俗城東編」より)


因速寺所蔵の文化財

  • 木造阿弥陀如来立像 附体内納入品四点(江東区有形文化財)
  • 木造親鸞上人坐像(江東区有形文化財)
  • 四ッ車大八墓(江東区有形文化財)
  • 松本久四郎墓(江東区有形文化財)
  • 四代目荻江露友墓(江東区有形文化財)

因速寺の周辺図


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