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御嶽普寛神社。秩父市大滝の神社、普寛行者生地

御嶽普寛神社の概要

御嶽普寛神社は、秩父市大滝にある神社(御嶽教)です。御嶽普寛神社は、木曽御嶽山、越後八海山、上州武尊山、武州意和羅山などを開山・中興し、御嶽教の開祖とされる普寛行者(木食行者)を祀る神社で、普寛行者が武州本庄宿で享和元年(1801)に亡くなった後、彼の生家で祀っているようです。

御嶽普寛神社
御嶽普寛神社の概要
社号 普寛神社
祭神 普寛霊神
相殿 -
境内社 -
祭日 元旦祭、節分追儺祭、例祭5月8日、秋祭り10月第三日曜日
住所 秩父市大滝(落合)944
備考 -



御嶽普寛神社の由緒

御嶽普寛神社は、木曽御嶽山、越後八海山、上州武尊山、武州意和羅山などを開山・中興し、御嶽教の開祖とされる普寛行者(木食行者)を祀る神社で、普寛行者が武州本庄宿で享和元年(1801)に亡くなった後、彼の生家で祀っているようです。

新編武蔵風土記稿による御嶽普寛神社の由緒

記載なし(新編武蔵風土記稿より)

「埼玉の神社」による御嶽普寛神社の由緒

記載なし(「埼玉の神社」より)

普寛行者について

普寛行者(概論)
普寛行者。木曽御嶽山、越後八海山、上州武尊山、武州意和羅山などを開山・中興した木食行者。享保十六年(一七三一)武州秩父に生まれた。俗名木村好八。はじめ江戸に出て仕官したが、明和元年(一七六六)三峰観音院に入り、普寛と名を変え本山派の修験者となった。天明二年(一七八二)から木食行を始め、諸国を遊行して数多くの霊山を開いた。まず三笠山(群馬県)と意和羅山(埼玉県)を開いた後、寛政四年(一七九二)木曽にきて御嶽に登頂、王滝口登山道を開いた。翌年にも御嶽に登山するとともに、江戸を中心にして修験者の霞支配の方法を取り入れた御嶽講の組織化をすすめた。寛政六年(一七九四)には夢告により弟子をつれて越後に赴き、地元の行者泰賢とともに八海山を中興開山、屏風道を開いた。八海山はこれ以後、御嶽行者が相次いで訪れ、この地方の新しい山岳霊場として脚光を浴びるようになった。普寛は翌年、武尊山(群馬県)をも開山し、享和元年(一八〇一)に武州本庄宿で没した。死後、普寛霊神と仰がれ、一般には御嶽の開祖、御嶽教の開祖と仰がれる。修験道辞典 慶應大学教授 宮家 準編 東京堂出版より(境内掲示より)


御嶽普寛神社の周辺図


参考資料