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下南畑氷川神社。富士見市下南畑の神社

下南畑氷川神社の概要

下南畑氷川神社は、富士見市下南畑にある氷川神社です。下南畑氷川神社は、文安元年(1444)に大宮氷川神社を勧請して創建したと伝えられ、かつては文亀2年(1502)銘の棟札があったといいます。明治期に字山場の山場神社・天照大神を本殿に合祀、字町田の稲荷神社を境内に合祀しています。

下南畑氷川神社
下南畑氷川神社の概要
社号 氷川神社
祭神 健速素盞嗚命
相殿 -
境内社 川砂稲荷、石積稲荷
祭日 -
住所 富士見市下南畑153
備考 -



下南畑氷川神社の由緒

下南畑氷川神社は、文安元年(1444)に大宮氷川神社を勧請して創建したと伝えられ、かつては文亀2年(1502)銘の棟札があったといいます。明治期に字山場の山場神社・天照大神を本殿に合祀、字町田の稲荷神社を境内に合祀しています。

「埼玉の神社」による下南畑氷川神社の由緒

氷川神社<富士見市下南畑一五三-一(下南畑字山形)>
当地は富士見市の東部、荒川と新河岸川に挟まれた低湿地にあり、戦国期扇谷上杉氏に仕えた難波田氏の館跡がある。
南畑の地名は、『風土記稿』に「元難畑或は難波田と書しが、当村は荒川と新河岸川の下流に添し地にて、屡水災に罹りしを、土人憂ひて村名の文字悪き故ならんと改めたき由、安永元年御代官久保田十左衛門が支配たりし時、公に訴しかば松平右近将監より下知ありて、今の如くに書改めしと云」とある。当社は、往古新河岸川の蛇行により出来た川に突き出した地に鎮座し、川を背にして村を望んでいる。
創建については、文安元年一月大宮高鼻に鎮座する氷川神社から分霊したとの伝えがある。『明細帳』には文亀ニ壬戌年二月一四日再営の棟札の存在を記録するが、現在は不明となっている。
祭神は健速素盞嗚命であり、神体は『風土記稿』にも見える長さ一尺の石棒で、「宮元」と呼ばれる元永代総代宅に保管されている。
明治期、字山場の山場神社及び天照大神が本殿に合祀となり、字町田の稲荷神社が境内に合祀された。
江戸期まで当地の本山派修験十玉院末の西廓山万蔵院が別当を務めたが、この寺は神仏分離により廃寺となった。(「埼玉の神社」より)

新編武蔵風土記稿による下南畑氷川神社の由緒

(下南畑村)氷川社
是も村内の鎮守なり、神體は石劔の類にて青石をもて作れり、長一尺幅廣き所にて三寸五分、其圖上に出す、此社内にも稲荷の小祠あり、
以上三社は村内萬蔵院の持、(新編武蔵風土記稿より)


下南畑氷川神社の周辺図

参考資料

  • 「新編武蔵風土記稿」
  • 「埼玉の神社」(埼玉県神社庁)