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水子貝塚。富士見市水子にある旧跡・名所

水子貝塚の概要

水子貝塚は、富士見市水子にある名所旧跡です。水子貝塚は、富士見市で14ヶ所発見されている貝塚の一つで、直径150m前後の環状内に60ヶ所超の小貝塚からなる貝塚群です。縄文時代早期後半から縄文時代前期前半(7000~5000年前)頃は、縄文海進と呼ばれる温暖化により、新河岸川付近より東側は海となっており、海岸線にあたる当地付近に人々が定住、廃屋となった竪穴住居跡のくぼ地に貝殻や動植物の骨などを捨てていたことが分かっています。縄文時代前期を代表する大規模な貝塚集落遺跡で、保存状態が良好だったことから、昭和44年国史跡に指定されています。その後国史跡指定地の公有化を進め、平成6年6月1日、水子貝塚公園として公開されています。

水子貝塚
水子貝塚の概要
旧跡・名所名 水子貝塚
みどころ 国指定史跡
入場時間 -
入場料 -
住所 富士見市水子、水子貝塚公園
備考 -




水子貝塚の縁起

水子貝塚は、富士見市で14ヶ所発見されている貝塚の一つで、直径150m前後の環状内に60ヶ所超の小貝塚からなる貝塚群です。縄文時代早期後半から縄文時代前期前半(7000~5000年前)頃は、縄文海進と呼ばれる温暖化により、新河岸川付近より東側は海となっており、海岸線にあたる当地付近に人々が定住、廃屋となった竪穴住居跡のくぼ地に貝殻や動植物の骨などを捨てていたことが分かっています。縄文時代前期を代表する大規模な貝塚集落遺跡で、保存状態が良好だったことから、昭和44年国史跡に指定されています。その後国史跡指定地の公有化を進め、平成6年6月1日、水子貝塚公園として公開されています。

埼玉県・富士見市掲示による水子貝塚について

水子貝塚
富士見市は貝塚の多い街で、現在、十四ヶ所の遺跡から貝塚が発見されている。中でも水子貝塚は最大級のもので、直径約百五十メートルの環状の範囲に六十ヶ所を越える小貝塚が分布している。
市内に残された貝塚はすべて縄文時代早期後半から前期前半(約七千~五千年前)に形成されたものである。この頃は、氷河時代後の温暖な時代で、全世界的な傾向として、海が内陸深くまで進入していた。埼玉県西部では荒川低地に沿って上尾市付近まで海岸線が湾入しており、市域東半部の低地帯は水没した上に江川や柳瀬川の谷が入江となっていた。海岸に形成された干潟や浅い入江は、貝をはじめとする海産動物の絶好の繁殖地であり、この食料源を求めて人々が集まり、集落を形作った。
当時の人々は、地面を掘り込んだ半地下式の竪穴住居に住んでいたが、人が住まなくなった住居の跡は、適当に窪んだ、格好のゴミ捨て場として利用されたため、そのような住居跡のうち貝殻を捨てたものが、現代において貝塚と呼ばれている。土器や石器はどのような遺跡でも出てくるが、シカやイノシシなどの獣の骨、コイやタイやスズキ等の魚の骨などは普通の遺跡では長い年月の間に分解してしまうが、貝塚遺跡の場合には貝殻の成分の働きにより、骨が分解せずに残されているため貝塚は当時の人々がどのような動物を食べていたかを知る貴重な情報源である。また、住居跡に貝塚が残されているため、貝塚の分布をたどることで中央に広場を囲んだ集落の姿を復元することがえきる。
水子貝塚は、縄文時代前期を代表する大規模な貝塚集落遺跡として戦前から知られ、その良好な保存状態から、昭和四十四年に国史跡として指定された、(埼玉県・富士見市掲示より)

境内掲示による水子貝塚について

国指定史跡
水子貝塚
富士見市は、日本最大の平野である関東平野の一角にあります。関東平野は富士山などの火山灰が堆積してえきた関東ローム層の台地と、利根川や荒川などの大きな川が流れる低地からなります。富士見市は、西半分が武蔵野台地、東半分が荒川低地の上に広がっています、この低地に、縄文時代は海が広がっていました。海の幸を求めて集った人々は台地の上に多くの貝塚を残しました。その中でも最も大規模なものが水子貝塚です。
水子貝塚は、昭和12年(1937)に発見され、昭和13年(1938)・14年(1939)・42年(1967)の3回の調査によって縄文時代前期中頃(約5500年前)の小貝塚が多数環状に分布していることや、小貝塚は竪穴住居の跡に貝殻が捨てられたものであることなどが明らかになりました。
これらの成果から、昭和44年(1969)に「縄文時代前期の多くの小貝塚からなる大規模な貝塚群のひとつであるとともに、小貝塚の分布から貝塚形成当時の集落の規模形態を推測しうる遺跡として学術上価値が高く、また遺跡の遺存状況も良好である。」として、国史跡に指定されました。
昭和45年(1970)から、23年の年月をかけ指定地の公有化を進めました。
平成3年(1991)には、史跡等活用特別事業(”ふるさと歴史の広場”事業)に採択され、国と埼玉県の補助金の交付を受け整備事業を開始しました。
平成6年6月1日、水子貝塚公園(愛称「縄文ふれあい広場」)として一般公開されました。(境内掲示より)


水子貝塚の周辺図


参考資料

  • 「新編武蔵風土記稿」