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金胎寺。深谷市本住町にある新義真言宗寺院

金胎寺の概要

新義真言宗寺院の金胎寺は、延楽山福壽院神靈坊と号します。金胎寺は、深谷城主上杉公の祈願寺として法印權大僧都日胤が開山、祈願寺であったことから檀家がいなかったといいます。江戸期には、城内八幡宮・天満宮・管領稲荷社の別当寺を務め、法印權大僧都快傳が中興開山したといいます。

金胎寺
金胎寺の概要
山号 延楽山
院号 福壽院
寺号 金胎寺
本尊 大日如来像
住所 深谷市本住町9-76
宗派 新義真言宗
葬儀・墓地 -
備考 -



金胎寺の縁起

金胎寺は、深谷城主上杉公の祈願寺として法印權大僧都日胤が開山、祈願寺であったことから檀家がいなかったといいます。江戸期には、城内八幡宮・天満宮・管領稲荷社の別当寺を務め、法印權大僧都快傳が中興開山したといいます。

境内石碑による金胎寺の縁起

当山ハ慶長九年以前ノ昔深谷城主上杉公ノ祈願寺トシテ法印日胤ニヨリ開基サレ、城内八幡宮・天満宮・管領稲荷社ノ別当デアリマシタ。当時上杉氏ハ山形ノ湯殿山ヲ信仰スルコト篤ク、御本尊ハ湯殿山ノ御分身大日如来デアッタトイウ。元禄十一年中興開山快伝法印代ニ現在ノ御本尊胎蔵界大日如来ガ再鋳安置サレマシタ。當山別尊不動明王ハ明治二十二年先師秋本一庵法印ニヨリ下総ノ国成田山ヨリ御分身ヲ特ニ勧請サレ深谷成田山ト称ス由緒アル不動尊トサレテオリマス(境内石碑より)

「深谷町史」による金胎寺の縁起

福壽院
延楽山金胎寺
開基 上杉公 慶長九年甲辰十一月二十七日寂 法印光泉と當寺過去帳にあり、されば開基は之より數年前なりしか。
開山 法印權大僧都日胤
法流開山賢宥 元禄二年十一月廿日寂
中興開山 法印權大僧都快傳
當寺は延楽山金胎寺神莫坊福壽院と號し深谷城主上杉氏の祈願寺であつた爲め元禄頃まで檀家はなかつた。
現本尊は中興開山快傳法印江戸北新堀沼部藤右衛門並に江戸伊勢町沼部九兵衛の寄進により再鑄せしものである當寺は右の關係により城内八幡宮天満宮管領稲荷社の別當であつた。
當寺が『新編武蔵風土記稿』に漏れてゐる譯はその編纂當時無住であつたためであらう。(「深谷町史」より)

新編武蔵風土記稿による金胎寺の縁起

(深谷宿)
該当記載なし(新編武蔵風土記稿より)


金胎寺の周辺図