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秀源寺。蓮田市閏戸にある曹洞宗寺院

秀源寺の概要

曹洞宗寺院の秀源寺は、鷲林山等泰院と号します。秀源寺の創建年代等は不詳ながら、かつては蒼梧寺と称していたといいます。廃寺同様となっていた当寺を、伊奈備前守忠次の家人富田吉右衛門(慶長19年1614年寂)が、主人忠次(慶長15年1610年寂)追福のために再興、主人忠次の法諡鶴林院秀譽源長居士より秀源寺と改号、慶安2年(1649)には寺領10石の御朱印状を受領しています。

秀源寺
秀源寺の概要
山号 鷲林山
院号 等泰院
寺号 秀源寺
住所 蓮田市閏戸3966
宗派 曹洞宗
葬儀・墓地 -
備考 -



秀源寺の縁起

秀源寺の創建年代等は不詳ながら、かつては蒼梧寺と称していたといいます。廃寺同様となっていた当寺を、伊奈備前守忠次の家人富田吉右衛門(慶長19年1614年寂)が、主人忠次(慶長15年1610年寂)追福のために再興、主人忠次の法諡鶴林院秀譽源長居士より秀源寺と改号、慶安2年(1649)には寺領10石の御朱印状を受領しています。

新編武蔵風土記稿による秀源寺の縁起

(上閏戸村)
秀源寺
禅宗曹洞派、秩父郡下吉田村清泉寺末、寺領十石の御朱印は慶安二年十月十七日賜へり、鷲林山と號す、當寺元は蒼梧寺と號し、大源派なりしが、中古回禄の災に罹り、堂宇以下烏有となり、法燈しばらく絶たりしを、伊奈備前守の家人富田吉右衛門、主人忠次追福の爲再興し、則忠次を中興開基とし、本山六世長山賢道を請て中興開山とす、又忠次の法諡鶴林院秀譽
源長居士の字を撮て寺號とせり、忠次は慶長十五年六月十三日卒す、賢道は同き十九年七月十七日寂せり、本尊五智如来を安ず、坐像にて中尊長九寸、其餘は各五寸、運慶の作なり、この厨子の背後に時文禄九年本願康祐法師と彫り、又二世周叟代元禄四年佛像を彩色し、再造せし由を刻す、
観音堂
白山社
鐘樓。元禄七年鑄造の鐘をかく、(新編武蔵風土記稿より)


いいお墓

秀源寺の周辺図

参考資料

  • 「新編武蔵風土記稿」