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宿老庵貫斎翁筆塚|日高市の名所旧跡

宿老庵貫斎翁筆塚の概要

宿老庵貫斎翁筆塚は、日高市にある名所旧跡です。宿老庵貫斎翁筆塚は、新井家11代当主を隠居後に台村で塾を開いて子弟の教育に専念した宿老庵貫斎翁(新井丈右衛門定孝)を顕彰する石碑です。

宿老庵貫斎翁筆塚
宿老庵貫斎翁筆塚の概要
名称 宿老庵貫斎翁筆塚
みどころ 史跡
入場時間 -
入場料 -
住所 日高市台
備考 -




宿老庵貫斎翁筆塚の由緒

宿老庵貫斎翁筆塚は、新井家11代当主を隠居後に台村で塾を開いて子弟の教育に専念した宿老庵貫斎翁(新井丈右衛門定孝)を顕彰する石碑です。

境内掲示による宿老庵貫斎翁筆塚について

宿老庵貫斎翁筆塚(勝海舟筆)
この筆塚は宿老庵貫斎翁を称えて弟子たちが建立したもので、碑文「筆塚」は勝海舟、碑の扁額「宿老庵貫斎翁」は七卿落ちの一人として有名な東久世通禧の筆である。
貫翁斎は文政元年(1818)大澤舎新井家に生まれ名を丈右衛門定孝といい新井家11代当主とし名主を務めた。
名主を隠居後、嘉永・安政年間に、ここ台村で塾を開き人々に学問を教え多くの子弟の教育に専念した。交友の中には詩人井上淑蔭、加藤小太郎等がいる。
この筆塚の傍らには貫斎翁の孫で幕末三舟の一人、高橋泥舟と俳句を通して親交があり、夜笙庵新江と号した繁五郎定孝の句碑や、貫斎翁の叔父で瀧和亭らと親交があり菊庵等と号した、新井五郎兵衛定儀、後の岡上一斎の墓誌等がある。(境内掲示より)


宿老庵貫斎翁筆塚の周辺図