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建正寺。伊奈町本町にある曹洞宗寺院

建正寺の概要

曹洞宗寺院の建正寺は、小室山と号します。建正寺は、寿永年間(1182-1184)に岩崎将監が臨済宗寺院として大字丸山に創建したといいます。慶長年間(1596-1615)に伊奈備前守忠次が丸山に築城居館する際に当地へ移転、龍興寺第四世吉洲良朔和尚を開山として、曹洞宗に改めたといいます。明治6年には、当寺内で小室小学校が開校しています。

建正寺
建正寺の概要
山号 小室山
院号 -
寺号 建正寺
本尊 釋迦牟尼佛像
住所 伊奈町本町2-128
宗派 曹洞宗
葬儀・墓地 -
備考 -



建正寺の縁起

建正寺は、寿永年間(1182-1184)に岩崎将監が臨済宗寺院として大字丸山に創建したといいます。慶長年間(1596-1615)に伊奈備前守忠次が丸山に築城居館する際に当地へ移転、龍興寺第四世吉洲良朔和尚を開山として、曹洞宗に改めたといいます。明治6年には、当寺内で小室小学校が開校しています。

新編武蔵風土記稿による建正寺の縁起

(本村)
建正寺
禅宗曹洞派、上州高根村龍興寺末、小室山と號す、開山周公記室文安二年三月廿九日寂す、本尊は釋迦を安せり、
鐘樓。貞享二年鑄造の鐘を掛く、
天神社(新編武蔵風土記稿より)

「伊奈町史」による建正寺の縁起

建正寺は、小室山建正寺と号する曹洞宗の寺で、本尊は釈迦如来である。寺伝による創建は、寿永年中(一一八二~四)に岩崎将監が丸山に建立したとするが、『風土記稿』では文安二年(一四四五)に寂した周公記室の開山としている。寺伝では、その後、伊奈備前守忠次が丸ノ内を居館とするにあたり、現在の場所に移したとしている。また、『風土記稿』は上州高根村(現在の館林市)龍輿寺末としているが、寺伝では、現在の場所への移動の際に、龍興寺田世の吉洲良朔を招請して開山とし、それまでの臨済宗から曹洞宗に改めたという。
建正寺は、本村のほとんどが檀家になっている。このほか、丸山、別所の谷畑、小貝戸の柄にも檀家がある。大般若転読会を七月二五日、施餓鬼会を八月一四日に行い、このほか、花祭りは四月八日に行っている。(「伊奈町史」より)

境内掲示による建正寺の縁起

建正寺は、古記録によると寿永年間(一一八二年~一一八四年)岩崎将監が大字丸山に堂宇を建て、小室山建正寺と号し、以後四百有余年臨済宗に属していたと伝えられる。その後、慶長年間(一五九六年~一六一五年)伊奈備前守忠次が丸山に築城居館するにあたって現在の地に移り、龍興寺(群馬県館林市)第四世吉洲良朔和尚を招請して開山とし、曹洞宗に改め、龍興寺の末寺となる。
堂宇は安永八年(一七七九年)に全焼し、天明六年(一七八六年)再建された。その後、草葺屋根を瓦葺にするなど改修が行われている。
薬師堂は、天保十五年(一八四四年)の建立で、昭和六十二年大改修が行われている。堂内には臨済宗当時の本尊薬師如来の鉄仏像(町指定文化財)を安置している。また、山門は嘉永七年(一八五四年)の建立である。
なお、明治六年(一八七三年)この寺を校舎として使用し、現在の町立小室小学校が開校している。当時の学区の内戸数は四百五十九戸、人口二千六百人、就学児童八十余名であった。(埼玉県・伊奈町掲示より)


いいお墓

建正寺の周辺図

参考資料

  • 「新編武蔵風土記稿」
  • 「伊奈町史」(伊奈町教育委員会)