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下小坂白鬚神社。川越市下小坂の神社

下小坂白鬚神社の概要

下小坂白鬚神社は、川越市下小坂にある白鬚神社です。下小坂白鬚神社の創建年代等は不詳ながら、樹齢五百年超のご神木が参道にあり、江戸期には下小坂村の鎮守社だったといいます。

下小坂白鬚神社
下小坂白鬚神社の概要
社号 白鬚神社
祭神 猿田彦命
相殿 -
境内社 八坂社、大六天社、天神社、御嶽社、稲荷社
祭日 -
住所 川越市下小坂1002
備考 -



下小坂白鬚神社の由緒

下小坂白鬚神社の創建年代等は不詳ながら、樹齢五百年超のご神木が参道にあり、江戸期には下小坂村の鎮守社だったといいます。

新編武蔵風土記稿による下小坂白鬚神社の由緒

(高麗郡下小坂村)
白髭社
村の鎮守なり、永命寺の持。(新編武蔵風土記稿より)

「埼玉の神社」による下小坂白鬚神社の由緒

白鬚神社<川越市下小坂一〇〇二(下小坂字前谷)>
当地は川越市の北部、入間川支流の小畦川左岸に位置し、坂戸市と境をなす。そのほとんどが低地であるが、一部段丘となりこの上には市の文化財となっている鏡・刀子・馬具などが発掘された下小坂古墳群がある。
当社は下小坂の東部に鎮座し、ここから西へ民家が広がっている。特に当社と並ぶ八軒は旧家で、八軒家と呼ばれている。
また、地内を貫く秩父・川越・江戸を結ぶ街道が、小畦川を渡る荊橋の辺りには、小坂の河岸と呼ばれる船着き場が明治八年まであったという。
『風土記稿』には「白髭社 村の鎮守なり、永命寺の持」とあり、江戸時代真言宗薬樹山瑠璃光院氷命寺が別当であったことがわかる。
当社創立にかかわる史料は、夕立ちが降ると水が出るほどの土地柄のためか残されていない。しかしながら、参道入口を挟んで、そびえるように並び立つ欅の大木があり、それぞれ目通り一六〇センチメートルあまり、樹齢五〇〇年といわれることからも当社創立の古さを物語っている。
祭神は猿田彦命であり、本殿は一間社流造り板葺きで、白幣を祀る。
『明細帳』には、境内社として八坂神社・三峰神社・稲荷神社・大六神社が載るが、現在三峰神社の所在が不明となっている。このほか明治四一年に字西尻より合祀した天神社が祀られている。(「埼玉の神社」より)


下小坂白鬚神社所蔵の文化財

  • 下小坂の大ケヤキ(市指定天然記念物)
  • 下小坂の獅子舞(市指定無形民俗文化財)

下小坂の大ケヤキ

神社境内にある二本のケヤキは、社殿に向かって右側が赤欅といわれ幹周り六〇〇センチで高さ三三メートル、左側は青欅といわれ幹周り五九五センチで高さ二六メートルである。昭和四七年に指定を受けた時、樹齢五〇〇余年と推定され、下小坂のシンボルといえよう。
ケヤキは斎槻と呼ばれ、神聖な木として尊ばれてきた。(川越市教育委員会掲示より)

下小坂の獅子舞

現在は七月十五日前後の日曜日に行われる。悪疫退散を祈る天王さまの行事である。起源は元禄三年(一六
九〇)とも、寛政年間(一七八九〜一八〇一)とも伝えられている。
獅子は大獅子・女獅子・中獅子の三等で、仲立に先導され、その他花笠四人・棒使い二人など、全て男子によって演じられる。「トロヒャリホ」と呼ばれる女獅子隠しの曲目や小唄もあり、最後に獅子が走りぬけた後、千秋楽の歌を歌いながら、関係者が境内を一回り回って終了する。(川越市教育委員会掲示より)

下小坂白鬚神社の周辺図