龍池弁財天。川越市小仙波町の神社

猫の足あとによる埼玉県寺社案内

龍池弁財天。小仙波草創伝承地に祀られた弁財天

龍池弁財天の概要

龍池弁財天は、川越市小仙波町にある弁財天です。龍池弁財天は、仙芳仙人が二子池を龍神の住まいとしたとされる地と伝えられ、慈覚大師が星野山を創建した天長7年(830)に併せて弁財天を勧請されたとされます。大杉弁天とも称され、古来より星野山(現:喜多院)の境内です。

龍池弁財天
龍池弁財天の概要
社号 弁財天
祭神 伊弉冉尊、事解之男尊、速玉之男尊
相殿 -
境内社 -
祭日 -
住所 川越市小仙波町4-16
備考 -



龍池弁財天の由緒

龍池弁財天は、仙芳仙人が二子池を龍神の住まいとしたとされる地と伝えられ、慈覚大師が星野山を創建した天長7年(830)に併せて弁財天を勧請されたとされます。大杉弁天とも称され、古来より星野山(現:喜多院)の境内です。

新編武蔵風土記稿による龍池弁財天の由緒

(小仙波村)
喜多院内
辨天社
大杉辨天と號す、天長年中慈覺大師星野山開基の時勧請す、又往古仙坊仙人、龍神に二子の池を與へしことなど、縁起に載たれど詳ならず、心鏡坊の持なり。 (新編武蔵風土記稿より)

「入間郡誌」による龍池弁財天の由緒

水田の中僅に葦葭の見えたるは是れ双子池にして其中央今も水深を知らずと云ふ。里俗旱天に此地に来て雨を乞ふ。 (「入間郡誌」より)

仙芳仙人にまつわる小仙波の草創伝承について

仙芳仙人の郷土開創説話
武州入間郡仙波郷は往古海沼にして、民人寄籍の地にあらず、時に神仙あり、仙芳と名く、嘗て海頭に来て歎じて曰く、此地古佛説法の靈跡也。今は滄海漫々たりと。時に一老翁の卒爾として来るあり。仙、其何人なるを問ふ。翁答て曰く、我は龍神の化作する所、此海の主なりと。爰に於て仙、翁に就て一小地を得せしめんとを請ふ。翁其廣量を問ふ。仙の曰く、我に袈裟あり。願くは量此と斎ふせんと。翁諾す。承即ち袈裟を将て波上に布くに、延て海沼と合せんとす。翁驚て曰く、今神術の爲の故に潭底我居を失ふ。是を如何せんと。承乃ち小池を留て神龍の居を復す。(今の辨天池是也)又土佛を作て波底に投ずるに海水乾て地忽ち堅牢たり。云々、とは是れ喜多院縁起に記す所也。蓋し郷土草創に關する一説話となすべし。 (「入間郡誌」より)


龍池弁財天の周辺図