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的場八坂神社。川越市的場の神社

的場八坂神社の概要

的場八坂神社は、川越市的場にある八坂神社です。的場八坂神社の創建年代等は不詳ながら、旧名主加藤家の屋敷鎮守であった牛頭天王社を、的場村下組の鎮守として祀ったといい、貞享2年(1685)銘の棟札が残されていることから。江戸時代中期には創祀していただろうといいます。明治年間に糠塚の上に祀られていた稲荷社を、明治期当社に合祀しています。

的場八坂神社
的場八坂神社の概要
社号 八坂神社
祭神 須佐之男命
相殿 -
境内社 糠塚稲荷神社
祭日 -
住所 川越市的場1874
備考 -



的場八坂神社の由緒

的場八坂神社の創建年代等は不詳ながら、旧名主加藤家の屋敷鎮守であった牛頭天王社を、的場村下組の鎮守として祀ったといい、貞享2年(1685)銘の棟札が残されていることから。江戸時代中期には創祀していただろうといいます。明治年間に糠塚の上に祀られていた稲荷社を、明治期当社に合祀しています。

新編武蔵風土記稿による的場八坂神社の由緒

(的場)
天王社
例祭六月十五日なり、村持(新編武蔵風土記稿より)

「埼玉の神社」による的場八坂神社の由緒

八坂神社<川越市的場一八七四(的場字下宿)>
的場は川越市西部の入間川と小畦川に挟まれた所で、数多くの遺跡や古墳が点在する。中でも当社の鎮座する下組は、的場の中でも古くから開けたところとされ、的場三十塚または糠塚と呼ばれる古墳が見られる。
当社は、本来隣接する旧名主加藤家の屋敷鎮守であった牛頭天王社を、字の鎮守として祀ったものとされる。当社創建を示す記録はないが、戦前、氏子が調べた際、三三〇年前になるといわれ、現存する最古の棟札が、貞享二年であることから江戸初期にはすでに鎮座していたものと思われる。このほか、安永八年、文化元年、明治一五年の再建の棟札が現存する。
祭神は須佐之男命である。本来、当社は牛頭天王と称していたが、明治二年の神仏分離により社号を八坂神社と改めた。
祀職は、貞享の棟札に神官と残る吉田清兵衛より昭和八年に吉田山吉が没するまで八代に渡り吉田家が務めていたが、その後、尾崎神社社家伊藤茂枝が兼務であたり現在に至っている。
境内社の稲荷社は、糠塚の上に祀られていた稲荷社を、明治期当社に合祀したものである。社般もその時に移したものであるが、跡地には、この稲荷社を古くから祀ってきた一二、三軒により新たに社殿が造営され、跡宮稲荷と称して現在も祭りを続けている。(「埼玉の神社」より)


的場八坂神社の周辺図