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豊田本白髭神社。川越市豊田本の神社、旧村社

豊田本白髭神社の概要

豊田本白髭神社は、川越市豊田本にある白髭神社です。豊田本白髭神社は、本村の新井帯万が長禄元年(1457)に創建したといいます。明治5年に村社に列格、明治41年には豊田新田の八坂社、中耕地の稲荷社、表の白山社、東の稲荷社を本殿に合祀、翌年当社の境内にあった菅原社・大己責社・浅間社・阿夫利社・琴平社を本殿に合祀したといいます。豊田本白髭神社

豊田本白髭神社の概要
社号 白髭神社
祭神 -
相殿 -
境内社 福壽稲荷、浅間社
祭日 -
住所 川越市豊田本1212
備考 旧村社



豊田本白髭神社の由緒

豊田本白髭神社は、本村の新井帯万が長禄元年(1457)に創建したといいます。明治5年に村社に列格、明治41年には豊田新田の八坂社、中耕地の稲荷社、表の白山社、東の稲荷社を本殿に合祀、翌年当社の境内にあった菅原社・大己責社・浅間社・阿夫利社・琴平社を本殿に合祀したといいます。

新編武蔵風土記稿による豊田本白髭神社の由緒

(豊田本村)白髭社
村内及び新田の鎮守にして、勧請の年歴は傳へざれど、寛永三年の棟札あれば大抵推て知べし、神主山畑豊前は勝呂住吉の武士にて、勝呂雅楽が配下也。(新編武蔵風土記稿より)

「埼玉の神社」による豊田本白髭神社の由緒

白髭神社<川越市豊田本一二一二(豊田本字表)>
社伝によると当社の創立は、長禄元年三月二二日とされ、本村の新井帯万が祀ったことによるという。社蔵の棟札八枚のうち「白鬚大明神・武刕入間郡河越」とのみ判読できる棟札(縦五二センチメートル・横一三センチメートル)は、『風土記稿』に載る「寛政三年の棟札」か、あるいは『明細帳』に載る「大永年中頃ノ棟札存在スト雖年暦朽損」のどちらかであると考えられる。
祀職は『風土記稿』に「神主山畑豊前(中略)勝呂雅楽が配下」とあり、棟札を見ると、寛文七年「神子太郎兵衛」、天和二年「神主三良右門」、元禄一〇年「神主三郎右衛門 遷宮師林蔵院」、享保一二年「社主山畑三郎右衛門 祈主林蔵院榮範法印」、延享四年「祠官山畑左近 導師伊勢守高麗重章」とあり、その変遷がうかがえる。現在、山畑護が奉仕する。
明治五年に村社となり、同四一年には豊田新田の八坂社、中耕地の稲荷社、表の白山社を本殿に合祀した。八坂社は天明五年仲茂右衛門の勧請と伝え、文化一一年の棟札があり、白山社は貞享元年神主山畑長兵衛と新井織部ら村民が協力して創建したと伝える。
明治四一年に東の稲荷社を合祀し、更に同四二年に当社の境内にあった菅原社(天保元年勧請)大己責社(文久三年勧請)浅間社(万延元年勧請)阿夫利社(天保六年勧請)琴平社の五社を本殿に合祀した。(「埼玉の神社」より)


豊田本白髭神社の周辺図




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