長徳寺。仙波氏館跡
長徳寺の概要
天台宗寺院の長徳寺は、冷水山清浄土院と号します。長徳寺の創建年代等は不詳ながら、慈覚大師が開山だといい、過去帳に「永承甲戌(1514)天台沙門實海」の名が残されていたといいます。また、当地は仙波氏館跡だといいます。
山号 | 冷水山 |
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院号 | 清浄土院 |
寺号 | 長徳寺 |
住所 | 川越市仙波町3-31-23 |
宗派 | 天台宗 |
本尊 | 阿弥陀如来像 |
葬儀・墓地 | - |
備考 | - |
長徳寺の縁起
長徳寺の創建年代等は不詳ながら、慈覚大師が開山だといい、過去帳に「永承甲戌(1514)天台沙門實海」の名が残されていたといいます。また、当地は仙波氏館跡だといいます。
新編武蔵風土記稿による長徳寺の縁起
(大仙波村)長徳寺
天台宗、仙波喜多院末、冷水山清浄土院と號す、開山は慈覺大師なりと云へり、當寺に傳ふる古き過去帳の序に、永正甲戌佛涅槃天台沙門實海と記したれば、是人もし中興開山の僧などにや、本尊は彌陀を安ず。
観音堂。観音は白衣の坐像にて長二尺、毘首羯摩が作と云。(新編武蔵風土記稿より)
長徳寺所蔵の文化財
- 仙波氏館跡(市指定史跡)
仙波氏館跡
大仙波の長徳寺は天台宗の末寺で、「新編武蔵風土記稿」によると「永承甲戌(一五一四)天台沙門實海」の名が古い過去帳に記されていたという。境内に、もと若干の土塁と堀があったといわれ、小字に「堀の内」という地名も残っているところから、仙波氏の館跡だと推定されている。「保元物語」に仙波七郎高家、「吾妻鏡」に仙波平太・同太郎・次郎・弥三郎・左衛門尉などの名がみえ、これらは在名をもって氏としたことが考えられる。ただし郷庄の唱えではこの大仙波村は山田庄に属し、仙波庄を唱うる村はこれより南部の市内高階地区と上福岡・大井・富士見・三芳の各市町に拡がっているものが多く、仙波氏の支配した荘園と考えられる。(川越市教育委員会掲示より)
長徳寺の周辺図