猫の足あとによる埼玉県寺社案内

江戸袋氷川神社。川口市江戸の神社

江戸袋氷川神社の概要

江戸袋氷川神社は、川口市江戸にある氷川神社です。江戸袋氷川神社の創建年代等は不詳ながら、当地から縄文時代後期の貝塚が見つかっている他、中世には江戸袋荘が成立していたことから、古くから祀られてきたのではないかといいます。春祈禱・秋の例大祭で奉納される江戸袋の獅子舞は、川口市無形民俗文化財に指定されています。

江戸袋氷川神社
江戸袋氷川神社の概要
社号 氷川神社
祭神 素戔嗚尊
相殿 -
境内社 神明社、厳島社
祭日 春祈禱4月第二日曜日、例祭10月第二日曜日
住所 川口市江戸3-28-22
備考 -



江戸袋氷川神社の由緒

江戸袋氷川神社の創建年代等は不詳ながら、当地から縄文時代後期の貝塚が見つかっている他、中世には江戸袋荘が成立していたことから、古くから祀られてきたのではないかといいます。

新編武蔵風土記稿による江戸袋氷川神社の由緒

(江戸袋村)
氷川神社
村の鎮守にて東光院持。
末社、弁天社。(新編武蔵風土記稿より)

埼玉県神社庁「埼玉の神社」による江戸袋氷川神社の由緒

氷川神社(川口市江戸三-二八-二二)
当地は、大宮台地の南側に広がる低地にあるが、低地部には珍しく縄文時代後期の江戸袋貝塚があり、これは県最南端の貝塚である。また、地内を流れる毛長堀(毛長川)は、川越付近から続く古い入間川の河道の名残で、両岸には自然堤防を著しく発達させており、この自然堤防上には、下流から上流まで古墳が群在する。当地の東光院境内においても、古墳時代初期の方形周溝墓跡と考えられる塚状の場所から管玉・台付甕が出土している。この流域に古墳の分布が見られることは、河川を利用した文化の波及が考えられ、その拠点となった港の伊興の津(足立区)から、当地は三キロメートルしか離れていないことからみても、地名の江戸袋の名も、往時の河川交通の入り江に当たる場所にある袋状の地形をしたところから付いた名前でないかと思われる。
当社は地内でも高い場所に鎮座していることや地内の有力者の墓と考えられる方形周溝墓らしいものが検出されていること、中世になると、この辺りから足立区花畑辺りを江戸袋荘と呼んだことからも荘内の中心的集落であったことは疑いなく、創建も古代にさかのぼって考えられる社である。
当社の祭神は素戔嗚尊で、『風土記稿』に「氷川神社 村の鎮守にて東光院持、末社、辨天社」とあり、江戸時代には真言宗古桂山東光院大山寺が当社の社務を務めていた。(埼玉県神社庁「埼玉の神社より)


江戸袋氷川神社所蔵の文化財

  • 江戸袋の獅子舞(川口市指定無形民俗文化財)

江戸袋の獅子舞

江戸袋の獅子舞は、川口市江戸・江戸袋地区において伝承されている一人立ちの三頭獅子舞です。これは、宵祭に拝殿の板の間を踏みならして舞うことから「バッタバッタ獅子舞」とも称され、また4月の村回りに雨にあうことが多いので、「泣きむし獅子」などともいわれています。
この獅子舞は、江戸袋獅子舞保存会によって春4月15日(現在は4月第2日曜日)に村内の各戸を悪魔払いをしてまわる「村祈祷」と秋10月15日(現在は10月第2日曜日)のオヒマチに五穀豊穣・氏子繁盛を祈念して氷川神社境内で七庭(「三人神楽」「御幣」「花見「橋掛り」「弓掛り」「ハッピ」「割笛」)が舞われます。(川口市教育委員会掲示より)

江戸袋氷川神社の周辺図