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西大沢神社。児玉郡美里町白石の神社

西大沢神社の概要

西大沢神社は、美里町白石にある神社です。西大沢神社の創建年代は不詳ですが、鎌倉時代に猪俣小平太範綱が武運長久を祈願し霊験を得たと伝えられます。新編武蔵風土記稿には「天王社」と当時の社号が記載されています。明治5年に八坂神社と改称、明治42年(1909)白石にあった旧湯本村の春日神社(中居明神社)、大仏村の羽黒権現社、円良田村の山王神社を合社、西大沢神社と改称したといいます。

西大沢神社
西大沢神社の概要
社号 西大沢神社
祭神 素盞嗚尊ほか8柱
相殿 -
境内社 稲荷社、天神社、愛宕社、山神社
祭日 祇園祭7月25日
住所 児玉郡美里町白石353
備考 -



西大沢神社の由緒

西大沢神社の創建年代は不詳ですが、鎌倉時代に猪俣小平太範綱が武運長久を祈願し霊験を得たと伝えられます。新編武蔵風土記稿には「天王社」と当時の社号が記載されています。明治5年に八坂神社と改称、明治42年(1909)白石にあった旧湯本村の春日神社(中居明神社)、大仏村の羽黒権現社、円良田村の山王神社を合社、西大沢神社と改称したといいます。

新編武蔵風土記稿による西大沢神社の由緒

白石村
山神社。天王社。愛宕社。諏訪社。稲荷社三宇。聖天社二宇(新編武蔵風土記稿より)

美里町史による西大沢神社の由緒

西大沢神社
大字白石にあり、素盞嗚尊ほか8柱を祭る。創建は不詳であるが、鎌倉時代に猪俣小平太範綱が武運長久を祈願し霊験を得たといわれている。古の本地仏(神の本地である仏)千手観音は、空海の作であるということが正徳6年(1716)丙申閏2月の古文書に書かれているといわれるが、その文書が何であるか不明である。古くは牛頭天皇といったが、明治5年(1872)に八坂神社と改称、明治42年(1909)合社により西大沢神社となった。(美里町史より)

埼玉県神社庁「埼玉の神社」による西大沢神社の由緒

白石は松久丘陵に位置する山間の村で、天神川に沿った地域に集落と耕地がある。
当社は天神川沿いに鍍座する。「児玉郡誌」には「当社は往昔は牛頭天王と称せLが、明治5年に八坂神社と改称して地方の老深く崇敬せり、創立年代は詳ならざれども、祭神武徳の大社たるを出て、近地猪俣の住人猪俣小平六範綱が、武運長久の祈願を寵めて霊験を得たりと云伝ふ、往時の本地仏千手観音は名僧空海の作なりと云ふこと正徳年間(1711-16)の古文書に在り、又社殿は享保3年(1718)に改造したる時の棟札今に現存せり」とある。本地仏の記述から別当の存在をうかがわせるが、「風土記稿」に当社は村民持の「天王社」として見え、別当についての記載はない。ただし、天神川を隔ててすぐ南側には明応年間(1492-1501)ごろより榛択郡のうち10か村の年行事職を務めたとされる本山派修験宝積坊跡、また東側にはこの宝積坊配下の智積院跡がそれぞれあり、両坊が当社の祭祀に関与したことは想像に難くない。
明治42年には、旧湯本村の春日神社(中居明神社)、大仏村の羽黒権現社、円良田村の山王神社を当社に合祀し酉大沢神社とした。
その社名は、当社が往古大沢郷と称した地域の西部に鋲座していたことにちなむものである。(埼玉県神社庁「埼玉の神社」より)


西大沢神社の周辺図


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