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植竹日枝神社。児玉郡神川町植竹の神社

植竹日枝神社の概要

植竹日枝神社は、児玉郡神川町にある神社です。植竹日枝神社は、大治5年(1130)の創建とも正平年間(1346-1370)の創建とも伝えられ、植竹村の鎮守して祀られ、天台宗長慶寺が別当寺を勤めていました。明治5年村社に列格、明治38年に字諏訪森の無格社諏訪社を境内に合祀しています。

植竹日枝神社
植竹日枝神社の概要
社号 日枝神社
祭神 大山咋命
相殿 -
境内社 神明社・北野社・三島社・大国社・八幡社・諏訪社・稲荷社・春日社・豊受社・八坂社・三峰社・古峰社・愛宕社・秋葉社、面金剛二基、城峰、地蔵尊、御嶽社、埴安媛命・少彦名命・大己貴命・天照皇大神・倉稲魂命、諏訪大明神、猿田彦大神
祭日 新年祭1月2日、祈年祭2月26日、例大祭4月10日、秋季大祭10月19日、新嘗祭12月10日
住所 児玉郡神川町植竹602
備考 -



植竹日枝神社の由緒

植竹日枝神社は、大治5年(1130)の創建とも正平年間(1346-1370)の創建とも伝えられ、植竹村の鎮守して祀られ、天台宗長慶寺が別当寺を勤めていました。明治5年村社に列格、明治38年に字諏訪森の無格社諏訪社を境内に合祀しています。

新編武蔵風土記稿による植竹日枝神社の由緒

(賀美郡植竹村)
山王社
村の鎮守也、長慶寺持、
末社。稲荷、諏訪、八幡、春日、天王、天神
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諏訪社
智楽院持
末社稲荷
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伊勢宮
村民持、(新編武蔵風土記稿より)

「埼玉の神社」による植竹日枝神社の由緒

日枝神社<神川町植竹六〇二(植竹字元郷)>
近江国一宮で、比叡山延暦寺の地主神とされる日吉大社は、朝廷の宗敬が厚く、また、天台宗の護法神としても崇敬されてきた。このようなことから当社の創建には、別当であった天台宗長慶寺がかかわったと考えられる。長慶寺の開山は法印天神房善海というが、没年は不詳で、宝永二年(一七〇五) に十一世法印枢運の時、児玉郡金鑚村金鑚寺の末寺となったと伝える。『児玉郡誌』には「当社創立は、大治五年(一一三〇)に近江国滋賀郡日吉神の御分霊を遷座し、当村の鎮守となすと云ふ、永正元年(一五〇四)九月本殿及拝殿を改造し、天正三年(一五七五)四月に随神門を建設すと云ふ、当時賀美郡金窪の[王太][王耶]城(たやじょう)より大畠大膳広忠当地に来り土着なし、当社を厚く信仰したるより神徳大に増加す、安永年中(一七七二-八一)社殿を改築し石灯籠を建立す、其後屡々社殿を修繕す、社領は字猿楽と云ふ処を地頭より寄附したりと、是れ当社の縁故地なり(以下略)」と記されている。
『風土記稿』植竹村の項には「山王社村の鎮守なり、長慶寺持、末社稲荷諏訪八幡春日天王天神」と載せられている。
明治初年の神仏分離により別当の長慶寺から離れた当社は、明治五年に村社となり、同三十八年には字諏訪森の無格社諏訪社を境内に合祀した。(「埼玉の神社」より)

境内石碑による植竹日枝神社の由緒

当神社の創立は詳らかでないが古老の伝によると正平年間の創立であると言う。
御祭神は大山咋命を奉斎、世に山王の神と申しあげ、近江國日吉大社と御同神で、山野の樹木や五穀をのばし育てる御神徳を有しておられる。
本村の鎮守として村民の崇敬極めて厚く旧社格は村社である。
境内は広大で壹千参百四坪の森厳な神域であり、昭和二十三年末社十四社を合社様に遷座し現在に至る。(境内石碑より)


植竹日枝神社の周辺図