浄光寺。武蔵国八十八ヶ所霊場
浄光寺の概要
真言宗豊山派寺院の浄光寺は、熊野山観音院と号します。浄光寺の創建年代等は不詳ながら、新編武蔵風土記稿に「新義真言宗、末田村金剛院末、熊野山観音院と號す、本尊十一面観音を安ぜり。鐘楼。寶暦六年鋳造の鐘をかく」と記載されています。慶安2年(1649)には、薬師堂領として5石の御朱印状を江戸幕府より受領しています。武蔵国八十八ヶ所霊場30番です。
山号 | 熊野山 |
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院号 | 観音院 |
寺号 | 浄光寺 |
本尊 | 十一面観音像 |
住所 | 越谷市北越谷4-8-5 |
宗派 | 真言宗豊山派 |
葬儀・墓地 | - |
備考 | - |
浄光寺の縁起
浄光寺の創建年代等は不詳ながら、新編武蔵風土記稿に「新義真言宗、末田村金剛院末、熊野山観音院と號す、本尊十一面観音を安ぜり。鐘楼。寶暦六年鋳造の鐘をかく」と記載されています。慶安2年(1649)には、薬師堂領として5石の御朱印状を江戸幕府より受領しています。
新編武蔵風土記稿による浄光寺の縁起
(大房村)浄光寺
新義真言宗、末田村金剛院末、熊野山観音院と號す、本尊十一面観音を安ぜり
鐘楼。寶暦六年鋳造の鐘をかく。
薬師堂
相傳へて大同二年飛騨工が一夜に建立せしと云、さはあれ一夜に建しなど、妄誕論をまたず、古よりの像は先年賊のために失ひしかば、今の像を安ぜり、此薬師を押入の薬師と唱ふ、其義は知らず、慶安二年五石の御朱印を賜へり、浄光寺持。(新編武蔵風土記稿より)
浄光寺の周辺図