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大雷神社(新島)。熊谷市新島の神社

大雷神社(新島)の概要

大雷神社(新島)は、熊谷市新島にある大雷神社です。大雷神社(新島)は、当地を文禄年間(1592-1596)に開拓した新島右近が、村の鎮守として大電八公社(だいてんぱくしゃ・大天白社)と称して創建したといいます。明治8年村社に列格、明治42年に村内の稲荷神社・箱根神社・大己貴社・道祖神社を合祀したといいます。

大雷神社(新島)
大雷神社(新島)の概要
社号 大雷神社
祭神 -
相殿 -
境内社 大黒天・道祖神
祭日 -
住所 熊谷市新島328
備考 -



大雷神社(新島)の由緒

大雷神社(新島)は、当地を文禄年間(1592-1596)に開拓した新島右近が、村の鎮守として大電八公社(だいてんぱくしゃ・大天白社)と称して創建したといいます。明治8年村社に列格、明治42年に村内の稲荷神社・箱根神社・大己貴社・道祖神社を合祀したといいます。

新編武蔵風土記稿による大雷神社(新島)の由緒

(新島村)
大電八公社、村の鎮守なり。
稲荷社
箱根権現社
道祖神社
以上皆村持。(新編武蔵風土記稿より)

「埼玉の神社」による大雷神社(新島)の由緒

大雷神社(熊谷市新島三二八(新島字大天白北))
文禄年間(一五九二-九六)に新島右近という者によって開発されたという新島は、熊谷市の中央部に位置する農業地域で、その集落は地内を東西に貫通する旧中山道沿いにある。新島の地名は、いうまでもなくその開発者新島右近の名にちなんだものであり、古くからの住民の間には、右近の末裔である新島順一家をはじめ、新島姓の者が多い。
新島右近は、当地の開発を進めるとともに、寺院の建立にも力を入れた。集落のほぼ中程にある新照寺は、文禄年間に右近が自分の菩提寺として建立したものといわれ、その墓地には慶長十一年(一六〇六)に没した右近をはじめ、新島に住む人々の代々の霊が眠っている。
当社もまた、新島右近によって創建されたと伝えられている。その具体的な年代についてはわかっていないが、村の開発の時期や右近の没年から、文禄から慶長にかけてのころと推測される。なお、現在当社は「大雷神社」と呼ばれているが、このように呼ばれるようになったのは明治に入ってからのことで、元来は拝殿に掛かる文政七年(一八二四)の額にあるように「大電八公宮」であり、『風土記稿』にも「大電八公社 村の鎮守なり」と載っている。その後、明治八年には村社になり、同四十二年には地内にあった稲荷神社・箱根神社・大己貴社・道祖神社の四社が合祀された。(「埼玉の神社」より)


大雷神社(新島)の周辺図




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