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宮塚古墳。熊谷市広瀬にある旧跡・名所、伝承奈良別命の墓所

宮塚古墳の概要

宮塚古墳は、熊谷市広瀬にある名所旧跡です。宮塚古墳は、東辺17m、西辺24mの上円下方墳で、広瀬古墳群の中央部に位置、古墳時代末期(7世紀末)の築造と推定されています。完全な形で保存されている全国的にも珍しい貴重な古墳で国史跡に指定されています。

宮塚古墳
宮塚古墳の概要
旧跡・名所名 宮塚古墳
みどころ 旧跡
区分 国指定史跡
住所 熊谷市広瀬字山王608
備考 -




宮塚古墳の縁起

宮塚古墳は、東辺17m、西辺24mの上円下方墳で、広瀬古墳群の中央部に位置、古墳時代末期(7世紀末)の築造と推定されています。完全な形で保存されている全国的にも珍しい貴重な古墳で国史跡に指定されています。

新編武蔵風土記稿による宮塚古墳について

該当記載なし(新編武蔵風土記稿より)

境内掲示による宮塚古墳について

この古墳の墳形は、方台の上に円墳のある上円下方墳と呼ばれ、ほぼ完全な形で保存されており、全国的には、数少ない、貴重なものである。
下方は、東辺一七米・西辺二四米・高さ二米である。上円は、中央から、やや北に築造されており、長径十米・短径八米・高さ二、一五米である。この上円の墳丘には、盛土が崩れないための補強、あるいは、装飾を、かえねた葺石がある。
この宮塚古墳の、築造年代は、古墳時代末期(七世紀末)と推定されている。
なお、この古墳は、山王塚とも、お供え塚とも呼ばれていた。(埼玉県・熊谷市教育委員会掲示より)

「わたしたちの郷土新編熊谷の歴史」による宮塚古墳について

広瀬にある古墳で、全国的にもめずらしい上円下方墳なので、熊谷で唯一の国指定史跡になっています(昭和三一年五月一五日子弟)。この古墳は広瀬古墳群の中央部に位置し、七世紀末から八世紀初めに造られたものです。上円部には、葺石とみられる二〇cmほどの石が多く残されています。(高さ四・一五m、東辺一七m、西辺二四m、上円部は東西一〇m、南北八・五m」)(「わたしたちの郷土新編熊谷の歴史」より)


宮塚古墳の周辺図


参考資料
  • 「新編武蔵風土記稿」
  • 「わたしたちの郷土新編熊谷の歴史」