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諏訪雷電神社。桶川市神明の神社

諏訪雷電神社の概要

諏訪雷電神社は、桶川市神明にある神社です。諏訪雷電神社の創建年代などは不詳ながら、町谷村の鎮守として村の南部に雷電社が祀られ、当地には元禄15年(1702)勧請の諏訪社が祀られていたといいます。明治40年諏訪社は雷電社に合祀され、諏訪社の祀られていた当地に遷座、社号を雷電社としたといいます。ただ、当地に諏訪社が祀られていたことから、諏訪雷電神社と通称しているといいます。

諏訪雷電神社
諏訪雷電神社の概要
社号 雷電社
祭神 別雷大神
相殿 -
境内社 -
祭日 祭礼4月15日
住所 桶川市神明1-1-33
備考 -



諏訪雷電神社の由緒

諏訪雷電神社の創建年代などは不詳ながら、町谷村の鎮守として村の南部に雷電社が祀られ、当地には元禄15年(1702)勧請の諏訪社が祀られていたといいます。明治40年諏訪社は雷電社に合祀され、諏訪社の祀られていた当地に遷座、社号を雷電社としたといいます。

新編武蔵風土記稿による諏訪雷電神社の由緒

(町谷村)
雷電社
村の鎮守なり、村民の持。

諏訪社
元禄十五年勧請の棟札あり、持前に同じ。(新編武蔵風土記稿より)

「埼玉の神社」による諏訪雷電神社の由緒

雷電社<桶川市神明一-一-三三(大谷領町谷字上宿)>
中山道の桶川宿の南に位置する町谷には、『風土記稿』町谷村の項に「雷電社 村の鎮守なり、村民の持」「諏訪社 元禄十五年(一七〇二)勧請の棟札あり、持前に同」と記されているように、雷電・諏訪の二社が祀られていた。そのうち雷電社の境内は、町谷の南端に当たる下宿の高台にあり、諏訪社の境内は北部の上宿にあった。
この両社は、共に町谷の人々から信仰されてきたが、明治四十年六月十一日、政府の合祀政策に従い、無格社の諏訪社はその境内社の稲荷社と共に村社である雷電社に合祀された。この合祀に伴い、雷電社は諏訪社の境内に移ることとなったが、諏訪社は小さな祠であったため、そこに村社にふさわしい社殿の新築や境内の整備を行った上で、明治四十一年十月十日に移転を実施した。ちなみに、この社殿の建設用材は、雷電社境内の杉を製材したものであった。当社のことを「お諏訪様」と呼ぶ人があるのは、当社の境内が元来は諏訪社の境内であったことによるもので、雷電社の元地は「雷電跡」と呼ばれている。
こうした合祀・移転といった動きの際に、古い資料等は散逸してしまったらしく、当社には合祀以前の記録は残っていない。本殿には、雷電社の幣束と諏訪神社の神璽筥が安置されているが、この神璽筥の背面にある「明治四拾弐年壱月拾九日移転」の墨書から、実際に移転が完了したのは書類の上の日付よりやや後のことと思われる。(「埼玉の神社」より)


諏訪雷電神社の周辺図

参考資料

  • 「新編武蔵風土記稿」
  • 「埼玉の神社」(埼玉県神社庁)