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金子神社。入間市西三ツ木の神社

金子神社の概要

金子神社は、入間市西三ツ木にある金子神社です。金子神社は、源頼家に仕えていた市村親光が建暦2年(1212)に当地に土着、その子孫三木氏が創建したといいます。江戸期には牛頭天王社と称していましたが、明治初年八坂神社と改称、明治9年金子神社と改めたといいます。

金子神社
金子神社の概要
社号 金子神社
祭神 素盞鳴命
相殿 -
境内社 -
祭日 -
住所 入間市西三ツ木23
備考 -



金子神社の由緒

金子神社は、源頼家に仕えていた市村親光が建暦2年(1212)に当地に土着、その子孫三木氏が創建したといいます。江戸期には牛頭天王社と称していましたが、明治初年八坂神社と改称、明治9年金子神社と改めたといいます。

新編武蔵風土記稿による金子神社の由緒

(三木村附新田)
該当記載なし(新編武蔵風土記稿より)

「埼玉の神社」による金子神社の由緒

金子神社<入間市西三ツ木二三(西三ツ木字西狭山)>
鎮座地三ツ木はかつて金子郷に属し、武蔵七党のうち村山党金子氏の領地であった。地名の由来は、昔、貢ぎ物の馬を献上したことによるという。
当社は三ツ木の集落を一望する天王山に鎮座し、その創建は三木氏によると伝えられる。この三木氏の祖は信州市村郷の人で源頼家に仕えていた市村親光であり、建暦二年に和田義盛と共に北条氏に敗れ、信州へ落ちる途中当地に隠れ、三木と改名して土着したという。
寛政三年『村鑑明細帳』に当社は牛頭天王と載り、六月一日に御領私領の民が祭りを行うとの記述が見えることから、江戸中期には鎮座していたことが知られる。また、天保の飢饉の折に、村民が天王様の諸道具を質入れして飢えをしのいだとの記録も残っている。
当社はかつて牛頭天王と呼ばれていたが、一説には入子神社とも呼ばれていたと伝えられる。明治の初めに八坂神社と改称し、更に明治九年地租改正の際に金子神社と改め現在に至っている。
祭神は素盞鳴命であり、神明造りの本殿に幣束を祀る。
覆屋内には、明治中期に市村家の個人持ちの社であった妙見社を移した現在の三峰神社と、昭和二三年に氏子一六柱の戦死者の御霊を祀った三ツ木神社がある。
祀職は、明治より淵泉、神山と務め、その後、枝窪家が継いでいる。(「埼玉の神社」より)


金子神社の周辺図




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