六所神社。大国魂神社(旧称六所社)を勧請
六所神社の概要
六所神社は、所沢市上新井にある六所神社です。六所神社の創建年代等は不詳ながら、府中大国魂神社(旧称六所社)を勧請して創建、明治43年、字荒神脇の稲荷社と字前の稲荷社を合祀しています。
社号 | 六所神社 |
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祭神 | 小野大神、小河大神、氷川大神、秩父大神、金佐奈大神、杉山大神 |
相殿 | - |
境内社 | 御嶽社、八雲・養蚕神社 |
祭日 | - |
住所 | 所沢市上新井2-6-8 |
備考 | - |
六所神社の由緒
六所神社の創建年代等は不詳ながら、府中大国魂神社(旧称六所社)を勧請して創建、明治43年、字荒神脇の稲荷社と字前の稲荷社を合祀しています。
新編武蔵風土記稿による六所神社の由緒
(上新井村)六所社
當國府中の六所を勧請すと云、鏡劔玉の三種を木にて作り神體とす、普門院の持。(新編武蔵風土記稿より)
「埼玉の神社」による六所神社の由緒
六所神社<所沢市上新井六八二(上新井字六所脇)>
鎮座地上新井の地名は、『風土記稿』によると弘法大師がこの村に立ち寄って水を乞うた時、女主は機織りを止めて、はるか離れた水場から水を汲んで大師にすすめところ、大師は村の水の便が悪いことを哀れみ、良き水をと念じて杖で地面を突き、ここを掘るようにと言い置いて立ち去ったため、村人はそこに井戸を掘って水を得た故事から来たという。これは村が水利不便なることを物語るものであろう。当地に社を勧請したことも、豊かな村を築かんとする切実な村人の祈りが込められていたと考えられる。
社の創立は、社記によると武蔵野を開発した神を祀る府中の大国魂神社を勧請し、神体に鏡・剣・玉の三種を木で造り、奉斎したと伝えている。本社の大国魂神社は武蔵大国魂神のほかに国内の諸神中、特に由緒顕著なる一宮から六宮に至る六社を奉祀していることから六所宮とも称し、当社もこれに倣って六所神社と呼ぶ。
別当は、真言宗上洗山普門院無量寺で神仏分離まで社を管理し、その後、当社は神職を置くようになった。
本殿は千鳥破風付きの一間社流造りで、壁面の木彫は立派なものである。これは明治初めに現在の東京都瑞穂町から来た宮大工が普門院で三年の歳月をかけて完成したものである。
明治四三年、字荒神脇の稲荷社と字前の稲荷社を合祀した。(「埼玉の神社」より)
六所神社の周辺図
参考資料
- 新編武蔵風土記稿
- 「埼玉の神社」(埼玉県神社庁)