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下新井熊野神社。所沢市西新井町の神社

下新井熊野神社の概要

下新井熊野神社は、所沢市西新井町にある熊野神社です。下新井熊野神社の創建年代等は不詳ながら、中氷川大明神の者が、新井郷(旧上新井・下新井)の惣社として創建、鎌倉時代から続く社家の三上山城守清定が長禄3年(1457)再興したといいます。明治5年村社となり、明治43年当社の南正面に鎮座していた向日神社、字上原の十殿神社、字武蔵野の八雲神社を合祀したといいます。

下新井熊野神社
下新井熊野神社の概要
社号 熊野神社
祭神 伊邪那岐命・伊邪那美命・須佐之男命・大己貴命・少毘古那命
相殿 -
境内社 八雲神社/弁天稲荷八雲日の宮幡織姫命/子安諏訪神明八幡愛宕
祭日 -
住所 所沢市西新井町17-33
備考 -



下新井熊野神社の由緒

下新井熊野神社の創建年代等は不詳ながら、中氷川大明神の者が、新井郷(旧上新井・下新井)の惣社として創建、鎌倉時代から続く社家の三上山城守清定が長禄3年(1457)再興したといいます。明治5年村社となり、明治43年当社の南正面に鎮座していた向日神社、字上原の十殿神社、字武蔵野の八雲神社を合祀したといいます。

新編武蔵風土記稿による下新井熊野神社の由緒

(下新井村)熊野社
村の鎮守なり(新編武蔵風土記稿より)

「埼玉の神社」による下新井熊野神社の由緒

熊野神社<所沢市西新井町一七-三五(下新井字上川北)>
狭山丘陵から東へ武蔵野台地の中央に位置する下新井(現西新井・東新井を含む)は、古来、干ばつに悩まされた畑作地帯で、三上・倉片の二軒が古くからの家であるという。しかし、今では住宅が軒を連ね、往時のおもかげはない。
当社の由緒は『元祿十一年奉加之序』に「入間郡新井郷之惣社御熊野宮中氷川大明神者往上吾妻明神之為草創、末社九十余ヶ所・神殿・神領等茂為大社之所、為兵火野火神宮之会不力数度為零落、中比又三上山城守奉再興、社頭摂社五十余ヶ所、荒井崎神領五十石・同郡中氷川領廿余石、其外末社領茂相応ニ在之由新井郷之御上宿民屋火事之節為類火神宮末社古来之記録、勘状等悉令焼失」と記している。また『弘化二年・祈禱殿再建縁起』には、熊野宮の創始は古く、その本地は奥社に祀られる日本武尊で、長禄三年三上山城守清定に神感があり熊野宮を再興したと記されている。
祭神は伊邪那岐命・伊邪那美命・須佐之男命・大己貴命・少毘古那命の五柱で、『明治二年神社書上帳』に御霊代は「大小之石十三有之、荒魂と称する」とある。
祀職を務める三上家は鎌倉期から続く社家で、天和三年に三上対馬守が吉田家より裁許状を受け、以来その支配を受けた。その後、代を累ね、現在は嘉一が宮司を務めている。『境内古絵図』には武尊大神社と称する奥社のほか、春日・八幡・子安・豊受・神明の五社を祀る西祭神社、諏訪・金山日子・愛宕・蚕養・天満天神を祀る東祭神社、更に八雲神社・御嶽神社が載っているが、現存する境内末社は子安神社・諏訪神社・八幡神社・愛宕神社・八雲神社などである。
明治五年村社となり、同四十三年当社の南正面に対面する形で鎮座していた向日神社、字上原の十殿神社、字武蔵野の八雲神社を合祀した。『神社書上帳』によると向日神社は保食大御食日女命を祀り、祭日は二月初午であった。十殿神社は、天津彦彦火瓊々杵命・木花開耶姫命・天児屋根命・太玉命の四柱を祀り、祭日は三月一五日であった。(中略)
現在の社殿は昭和四〇年に改築したもので、本殿は流造り銅板葺きである。また、旧本殿は現在も境内に保存され、その建立を伝える『元祿十年熊野宮新殿祭遷宮祝詞』が蔵される。(「埼玉の神社」より)


下新井熊野神社の周辺図

参考資料
  • 新編武蔵風土記稿
  • 「埼玉の神社」(埼玉県神社庁)