長栄寺。所沢市牛沼にある真言宗豊山派寺院
長栄寺の概要
真言宗豊山派寺院の長栄寺は、法印快空(延享2年1745年寂)が寛保元年(1741)に創建したといいます。当寺所蔵の阿弥陀三尊は、廃寺となった浄土宗厳浄寺から移したもので、同じく移してきた閻魔堂堂内に安置してあるといいます。
山号 | - |
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院号 | - |
寺号 | 長栄寺 |
住所 | 所沢市牛沼58 |
宗派 | 真言宗豊山派 |
葬儀・墓地 | - |
備考 | - |
長栄寺の縁起
長栄寺は、法印快空(延享2年1745年寂)が寛保元年(1741)に創建したといいます。
新編武蔵風土記稿による長栄寺の縁起
(所沢村)
記載なし(新編武蔵風土記稿より)
所沢市史(社寺編)による長栄寺の縁起
長栄寺明細帳
當寺古記等傳フル無ク創立年紀詳ナラサレトモ、傳ヘ云ク寛保元酉年六月法印快空(何レノ人ナルヲ不詳)創立シ開祖タリト蓋シ然ラン、快空延享二丑九月三日入寂ノ證今現在ス、其他不詳大正二年五月二十二日本堂庫裡改築許可、昭和七年六月十五日竣工。(所沢市史社寺編より)
長栄寺所蔵の文化財
- 木造阿弥陀如来坐像及び両脇侍像
木造阿弥陀如来坐像及び両脇侍像
本像は、三尊とも檜材の寄木造であり、玉眼、漆塗です。
中尊の阿弥陀如来坐像は、螺髪、肉髻珠、白毫をあらわし、耳朶を環状とし、首に三道を刻みます。また、偏袒右肩に衲衣をまとい、膝上で弥陀の定印を結び、蓮台上に結跏趺坐します。面貌表現や着衣の服制などから室町時代の作ともみられてきましたが、全体に形式化された造形となっており、江戸時代初期の作と推定されます。
両脇侍像は、ともに宝髻を結い宝冠を付け、条帛・天衣・裳をまとい、中腰に片膝を立てて跪いています。左脇侍像は腹前で蓮台を捧げ、右脇侍像は胸前で合掌し、往生人を迎える迎接の相を示します。右脇侍像は江戸時代初期の作とみられますが、左脇侍像は材質が落ち、細部の彫り口も劣ることなどから江戸時代後期の作とみられます。何らかの理由で左脇侍像を失ったため、右脇侍像の様式などを意識して、後に補ったものと思われます。
左脇侍像は後補の像に代わっていますが、全体の仕上がりは入念な出来映えを示すもので、特に中尊像の端正な像容には、製作作者の腕の確かさがあらわれています。
現在は、長栄寺の閻魔堂に安置されていますが、もとは牛沼柳原にあって廃寺となった浄土宗厳浄寺にあったものを、明治初年に閻魔像とともに、当寺へ移転してきたと伝えられています。(所沢市教育委員会掲示より)
長栄寺の周辺図
参考資料
- 新編武蔵風土記稿
- 「所沢市史(社寺編)」