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本沢熊野神社。比企郡吉見町本沢の神社

本沢熊野神社の概要

本沢熊野神社は、比企郡吉見町本沢にある神社です。本沢熊野神社は、豊臣氏の家臣石川九郎左衛門が大阪夏の陣に敗れ、元和元年(1615)当地に土着、守り本尊を氏神として創建したといいます。明治4年村社に列格しています。

本沢熊野神社
本沢熊野神社の概要
社号 熊野神社
祭神 伊邪奈岐尊、伊邪奈美尊
相殿 -
境内社 御嶽、天神
祭日 -
住所 比企郡吉見町本沢115
備考 -



本沢熊野神社の由緒

本沢熊野神社は、豊臣氏の家臣石川九郎左衛門が大阪夏の陣に敗れ、元和元年(1615)当地に土着、守り本尊を氏神として創建したといいます。明治4年村社に列格しています。

新編武蔵風土記稿による本沢熊野神社の由緒

(本澤村)
熊野社
村の鎮守とす、別當を南光院と云、當山修験、一ツ木村龍海寺の配下、正當山と號し、本尊不動を安ず、(新編武蔵風土記稿より)

「埼玉の神社」による本沢熊野神社の由緒

熊野神社<吉見町本沢四八六(本沢字北屋敷)>
口碑によると、当社は元和元年(一六一五)に豊臣氏の家臣石川九郎左衛門が戦に敗れて本沢の地に土着し、兜の鉢金の中の守り本尊を氏神として祀ったのが創祀であるという。元和元年といえば、大坂夏の陣で豊臣氏が滅亡した年であり、各地に豊臣の残党が帰農落居しており、この石川九郎左衛門もその一人であったと思われる。ちなみに、この九郎左衛門がとうもろこしに馬がつまずいて落馬したとの言い伝えから、その子孫である石川実家では今もとうもろこしを作ることを禁忌としている。
棟札によれば、延宝七年(一六七九)に本殿を建立し、宝永元年(一七〇四)に幣殿・拝殿を造営した。
『風土記稿』には「熊野社 村の鎮守とす、別当を南光院と云、当山派修験、一ツ木村竜海寺の配下、正当山と号し、本尊不動を安ず」とある。これに見える別当南光院は、かつて当社の南側に隣接して屋敷を構えていた。その末裔は野口憲夫家である。
明治四年に村社となり、同十五年に本殿・拝殿を再建した。更に、昭和三十六年・同四十八年に社殿の改築を行い、同五十六年には本殿屋根の葺き替えを行った。(「埼玉の神社」より)


本沢熊野神社の周辺図

参考資料
  • 「新編武蔵風土記稿」
  • 「埼玉の神社」(埼玉県神社庁)