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長専院|江東区三好にある浄土宗寺院

長専院の概要

浄土宗寺院の長専院は、不動寺と号し、深川の出世不動尊として親しまれています。長専院は、德川四天王の一人榊原忠次(寛文五年没1665)が開基、命誉圓壽が開祖となり霊巌島に創建、万治元年(1658)に霊巌寺とともに移転、昭和3年(1928)に不動寺を合併したといいます。

長専院外観
長専院の概要
山号 -
院号 長専院
寺号 不動寺
住所 江東区三好1-6-3
宗派 浄土宗
葬儀・墓地 -
備考 霊巌寺のもと別院、深川の出世不動尊


※御朱印画像はいけみずさんよりの寄贈


長専院の縁起

長専院は、德川四天王の一人榊原忠次(寛文五年没1665)が開基、命誉圓壽が開祖となり霊巌島に創建、万治元年(1658)に霊巌寺とともに移転、昭和3年(1928)に不動寺を合併したといいます。

「江東区の民俗深川編」による長専院の縁起

長専院
開基は榊原忠次(寛文五年没1665)、開祖は命誉圓壽で、霊巌島に創立され、万治元年(1658)に霊巌寺とともに移転してきたという。榊原忠次は德川四天王の一人榊原康政孫で、慶長一〇年(1605)に遠州横須賀で生まれ、秀忠の偏諱を与えられる。母は家康の異母弟松平康元の娘である。忠次の孫、榊原政倫(天和三年没1683)の墓が長専院にある。榊原家の墓は霊巌寺にあり、長専院が管理している。魚問屋の統領であった和田家の墓もある(「深川区史」)。
昭和三年(1928)に不動寺を合併する。不動寺は出世不動尊で有名であった。不動像は近江三井寺の始祖智証大師護持の像で、大師が唐に行くときに守護した霊験あらたかな像であった。のちにこの像は期妙法師が護持していた。霊巌上人が京都知恩院に滞在していたとき、明王が法師に霊巌上人が今年関東に大寺を建立する、霊巌上人に「我を誘い行くべし」と三夜続けて告げ、法師は上人にこれを告げ、明王を渡し、上人は出世不動明王と名付け、関東にたずさえ、この明王の御加護によるものか大寺造営を速やかに成就した。霊巌島に住む奈良屋某の先祖が深く帰依し、堂宇建立の大施主となる。不動堂も幾度か災害に遭うが奈良屋某が施主となり、四方の信者の助けにより再建した。大震災もこの明王の加護で難を避けられ、昭和七年に本堂を復興し、不動講も再建できたという(「開運出世不動明王略縁起」)。(江東区の民俗深川編より)


長専院所蔵の文化財

  • 石造燈籠 服部正保他奉納 一対(江東区有形文化財)
  • 石造五輪塔(榊原式部大輔政倫墓) 天和3年在銘(江東区有形文化財)
  • 木造不動明王立像(江東区有形文化財)
  • 木造阿弥陀如来立像(江東区有形文化財)
  • 銅製双盤 宝永4年在銘(江東区有形文化財)
  • 一夜軒秋月歌碑(江東区有形文化財)
  • 和田家歴代墓(江東区有形文化財)
  • 力石(江東区有形文化財)
  • 水盤(江東区有形文化財)

長専院の周辺図


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