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溝沼氷川神社。朝霞市溝沼の神社

溝沼氷川神社の概要

溝沼氷川神社は、朝霞市溝沼にある氷川神社です。溝沼氷川神社は、寛文年間(1661-1673)に村民が畑を耕していた際に、地類権現と彫った石を掘り出したことから、地頭中山勘三郎が稲荷山と称されていた当地に地類権現社と称して創建、じるいね様と呼ばれていたといいます。字泉水の無格社氷川神社など地内の神社八社を明治40年合祀、氷川神社と改称したといいます。

溝沼氷川神社
溝沼氷川神社の概要
社号 氷川神社
祭神 稲田姫命
相殿 -
境内社 -
祭日 例大祭4月18日
住所 朝霞市溝沼6-23-1
備考 -



溝沼氷川神社の由緒

溝沼氷川神社は、寛文年間(1661-1673)に村民が畑を耕していた際に、地類権現と彫った石を掘り出したことから、地頭中山勘三郎が稲荷山と称されていた当地に地類権現社と称して創建、じるいね様と呼ばれていたといいます。字泉水の無格社氷川神社など地内の神社八社を明治40年合祀、氷川神社と改称したといいます。

新編武蔵風土記稿による溝沼氷川神社の由緒

(溝沼村)地類権現社
除地五畝、村の東の方にあり、此は一間に一間半、南に向ふ、祭神詳ならず、寛文の頃村民畑を耕すとて、地類権現と彫づけし石を得たり、時の地頭中山勘三郎、此由を聞て社を立んと思けるに、此地を古より稲荷山と號せしかば、社地のあとならんとて、社地と定め、この権現を勧請せりと云傳ふ、村内泉蔵寺の持。(新編武蔵風土記稿より)

埼玉の神社による溝沼氷川神社の由緒

かつては当社を「じるいね様」と呼ぶ古老がしばしばあったように、明治四十一年八月八日までは当社は地類神社と称していた。『風土記稿』溝沼村の項には、その沿革について「地棋権現社 除地五畝、村の東にあり、社は一間に一問半、南に向ふ、祭神詳ならず、寛文の頃(一六六一~七三)村民畑を耕すとて、地類権現と彫づけし石を得たり、時の地頭中山勘三郎、此由を聞て社を立てんと思けるに、此地を古より稲荷山と号せしかば、社地のあとならんとて、社地と定め、この権現を勧請せりと云伝ふ、村内泉蔵寺の持」と記しており、創建の経緯をうかがうことができる。一方『郡村誌』では、社名は地類神社、祭神は稲田姫命となっていることから、当社は、豊かな実りをもたらす地霊を祀った社として信仰されていたものと推測される。
現在、当社の本殿の中には、『風土記稿』に伝えられる石はなく、代わりに一七基の金幣が祀られている。地類神社から氷川神社へ改称した際の理由は定かではないが、明治四十年に字泉水の無格社氷川神社など地内の神社八社を合祀したことを契機に、村社にふさわしい社名をということで武蔵一宮に倣ったものであろう。一七基の金幣の各々には社名と元鎮座地の字名が記されているが、その中に地類神社と記したものはなく、代わりに氷川神社と記したものが他より大きいのは、そうした事情を物語るものと推測される。(埼玉の神社より)


溝沼氷川神社の周辺図


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参考資料
  • 「新編武蔵風土記稿」
  • 「埼玉の神社」(埼玉県神社庁)



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