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上宮地稲荷神社。秩父市上宮地町の神社

上宮地稲荷神社の概要

上宮地稲荷神社は、秩父市上宮地町にある神社です。上宮地稲荷神社は、天正18年(1590)の鉢形落城に際して落ちのびた関根某が当地に土着、同家の守護神稲荷大明神を祀ったといいます。明治40年秩父神社に合祀されたものの、昭和21年復祀、昭和32年社殿を再興したといいます。

上宮地稲荷神社
上宮地稲荷神社の概要
社号 稲荷神社
祭神 稲荷大明神
相殿 -
境内社 若宮八幡
祭日 -
住所 秩父市上宮地町25-20
備考 -



上宮地稲荷神社の由緒

上宮地稲荷神社は、天正18年(1590)の鉢形落城に際して落ちのびた関根某が当地に土着、同家の守護神稲荷大明神を祀ったといいます。明治40年秩父神社に合祀されたものの、昭和21年復祀、昭和32年社殿を再興したといいます。

新編武蔵風土記稿による上宮地稲荷神社の由緒

(大宮郷)
稲荷社の記載が多く特定できず(新編武蔵風土記稿より)

「埼玉の神社」による上宮地稲荷神社の由緒

稲荷神社<秩父市上宮地町二五-二〇(大宮字上宮地)>
上宮地の名は秩父神社の旧社地であった所から付けられたものという。当社の鎮座地をデンデイパというが、これは口碑に「秩父神社が妙見社と称して北斗七星を祀っていた時期に、その信仰から当地区内に七カ所の井戸を選び、妙見の七ツ井戸として祀った。当地の井戸は主星北辰(北極星)に当たっており、北辰は天帝であることから、この地を天帝を祀る場-デンデイパ-という」とある。
当社の創建は口碑に「天正一八年の鉢形落城の折、関根某逃れてこの地に土着し、同家の守護神稲荷大明神を祀って宮守となる」とある。この関根家の文書には「妙見宮御伏之塚に鎮座之口口五十三年余此時天池は神前淵之池也天池之起は大干魅の時雨乞の為也通化明神とあり此稲荷大明神也」と記され、また、社蔵の天保一五年の『稲荷宮御宮再建寄附帳』には「当郷字上宮地に往古より稲荷大明神御鎮座有之候所幾星霜を経て御宮零落におよび云々」と記されており、これらのことから、その創建の古さをうかがい知ることができる。
明治四〇年に当社は秩父神社に合祀された。ところが、その後地内に奇病が流行する事が度々あり、これは地元の稲荷を祀らぬ崇りであると悩んだが思うにまかせず終戦を迎え、昭和二一年有志が秩父神社に交渉して旧社地に神霊の返還をうけ、同三二年に社殿を再興した。(「埼玉の神社」より)


上宮地稲荷神社所蔵の文化財

  • 関根家文書(秩父市指定有形文化財)

関根家文書

関根家は、天正十八年(一五九〇)六月、鉢形城落城の際、関根孫左衛門がこの地に逃れて土着して以来、現当主まで十三代続いている旧家です。又、屋号を「いしや」といい、祖先に医者をしていた人がいたことに由来します。
当家には、最も古い寛文五年(一六六五)の古文書をはじめとし、江戸時代中期を中心とした四十七点の古文書が保存されています。
秩父祭屋台の始まりを記した文書、行政に関する文書等、江戸時代の秩父地方の歴史を知る上で貴重な資料です。(秩父市教育委員会掲示より)

上宮地稲荷神社の周辺図